第31話 どっちが可愛い?
「誰かの異能……かぁ」
ゆったりとしたパジャマ姿の桃香は、自室のベッドに寝転がると、学校での塔矢の言葉を一人呟いた。
あのあと、二人が想像した通り学校に救急車が来て、誰かが運ばれていった。
部活などでの怪我なのか、それとも……。
異能症の者が起こした犯罪は、異能によるものかどうかに限らず、常人より重くなる。そうすることで抑止力になると考えてのことだ。
(でも……例えば気を失わせるような異能があったとして……意味があるのかな? 捕まった時のこと考えたら……)
あまり何度も同じようなことをすると、今自分たちが疑っているように、必ず疑われる。
捕まるリスクに対して、メリットが少なすぎるように思えた。
(仮にそうだとして、修学旅行のも同じなら……一緒に行った同級生か、引率の先生ってことだけど……。あのとき小樽にいた高橋先生とかだったりして。あ、でも異能症だと先生になれないから、それはないか……)
そう考えると、もし異能持ちが犯人だとすると、同じ3年の誰かということになる。
同級生の異能症は自分たちを含めて、確か15人くらいいるはずだ。そのうちの誰かなのだろうか。
そこまで考えて、桃香はひとつ息を吐いた。
まだそうと決まったわけでもないし、そもそも自分たちが解決しないといけない問題でもない。
万が一にも巻き込まれるのは避けたいから、念のため他の異能持ちには気を付けておく、というくらいか。
(そろそろ寝よっかな……)
桃香はそう思い、アラームを設定しようと自分のスマートフォンを目にすると、塔矢からメッセージが来ているのに気付いた。
先程お風呂に入っている間くらいに届いていたようだった。
『しまったなぁ』と思いながら、メッセージを開く。
『今日の救急車のやつ、加藤から聞いたんだけど、どうもテニス部で転けた生徒が骨折したって話みたい。だから心配しなくても良さそう』
そう書かれていたメッセージを見て、ほっとした。
それまでの2件の原因が不明なのは変わらないが、今回は違っていたようだ。
『そうなんだ、ありがとう。お風呂入ってて、返すの遅くなってゴメン』
すぐに桃香は彼にメッセージを返す。
まだ起きていたようで、すぐに既読になって、返信が返ってきた。
『急ぎの話じゃないし、大丈夫。でも、そろそろ寝るから、おやすみ』
『うん、おやすみ。また明日!』
もう少し早くメッセージに気づいていれば、彼ともう少し長くやり取りができたかなと、少しがっかりする。
桃香は改めて目覚ましをセットすると、スマートフォンに充電ケーブルを挿した。
壁に掛かっているカレンダーを見ると、もう少しで夏休みなのを実感する。
今年の夏休みは今までと違う。
やりたいことをびっしりとノートに書き込んであるのだ。
桃香はそれを想像して頬が緩むのが我慢できなかった。
◆◆◆
「明日、うち来ない?」
夏休みに入る最後の週末を目前にして、桃香は思い切って塔矢に声をかけた。
放課後にデートをするのはもう慣れ、いつでも誘えるようになったが、まだ家に呼ぶのは少し緊張する。
「いいよ。何時ごろが良い?」
「午後からでもいいかしら? 朝は日曜の準備があるから……」
「準備って神社の?」
「うん。そうなの……」
本当は朝からできるだけ長い時間、彼と会いたかったが、そういうわけにもいかない事情があった。
「へぇ。手伝いってどんなことするの?」
「日曜は『
「そうなんだ。別に用もないから手伝っても良いけど?」
予想していなかった彼の提案に、桃香はぱっと笑顔を見せた。
祖父が亡くなってから父親と二人でいつもやっていたが、かなり大変な作業だったからだ。
「いいの⁉ あれ、重いし大変だから、すごく嬉しい」
「うん、何時頃行けば良いかな?」
「暑いから早めの方がいいと思う。できたら8時くらいには……」
「わかった。それよりは早く行くよ」
「ありがとう、塔矢くん」
◆
「おはよう、桃香」
翌朝、塔矢は彼女のいる神社に行き、いつもの白衣姿で境内の掃除をしていた桃香を見つけて声をかけた。
その声に気づいた桃香は、早歩きで彼のところに来ると、立ち止まって小さく礼をした。
「おはよう、塔矢くん!」
そう言って可愛らしくはにかんだ桃香に近づき、括った髪が乱れないように気をつけながら、彼女の頭をそっと撫でる。
桃香は彼の方に頭を向けるようにして、嬉しそうに目を閉じた。
「んふふ、嬉しいにゃあ……」
ひとしきり撫でてから、塔矢は聞いた。
「お父さんは?」
「まだ家で準備してると思うけど、そのうち来るよ。……あ、そうだ。今はニャンコが来てるよ?」
「ニャンコ? ここにでっかいニャンコがいるけど……」
塔矢はそう言って桃香の喉に手を遣ると、されるがままに、気持ちよさそうに目を細める。
「うー、そうだけどそうじゃないよ。この前言ってた猫ね。ほら、あそこで寝転がってる……」
「あ、ほんとだ。……触れる?」
彼女が指差した方を見ると、狛犬の台の上で寝転がっている黒い猫がいた。
「たぶん大丈夫だと思う。人に慣れてるから」
塔矢は猫を驚かせないようにそっと近づいて、手を伸ばす。
黒猫は彼の方を見てはいたが、特に逃げるそぶりもなく、そのまま動かなかった。
「可愛いなー」
塔矢が猫の顎を撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうな音を立てて、猫が伸びをした。
そのまま両手を使って撫でていると、後ろから桃香が聞く。
「ニャンコ可愛いよね。……この子と私と、どっちが可愛い?」
「え、比較するようなものじゃない気がするけど……」
塔矢は困惑しながらも、明言を避けた。
「あはは、そうだよね」
彼の言うことも尤もだと、桃香は笑い飛ばした。
しかし、不意に彼が続けた。
「……でも、どっちかと一緒に暮らせるって聞かれたら、桃香を選ぶよ。絶対」
「――――ふあっ⁉」
唐突にそう言われて、桃香は裏返った声を上げた。
(そ、そ、それって――、ほとんどプロポーズだよね。一緒に暮らすって……!)
桃香はどう返事をしようかと、しばらく固まって目を泳がせていたが、やがて小さな声で頷いた。
「……ん、私も。塔矢くんとずっと一緒がいい」
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