第29話 にゃーん。ごろごろー。

「塔矢くん、何枚くらい写真撮ったの……?」


 桃香は塔矢のベッドでうつ伏せに寝転がって、渡された塔矢のタブレットを見ながら聞いた。

 そこにはサムネイルがずらっと並んでいて、ざっとスクロールしても相当な枚数があるように見えた。


「1200枚くらいだったかな、確か」


 ベッド脇に座った塔矢が答えると、桃香は足をパタパタさせながら言った。


「撮りすぎだよー」

「まぁデジカメだからね、いくら撮っても大丈夫だし」

「それにしても多すぎ。……それに大半、私の写真だし……」


 桃香は下から見上げるように塔矢の顔を見る。

 照れながら塔矢は答えた。


「だって……風景は何枚も撮ってもそんなに変わらないけど、桃香は変わるだろ?」

「そうかもしれないけど……」

「ダメだった?」

「……ダメじゃない。でも塔矢くんの写真が少なくて」


 視線を画面に落として桃香は残念そうに言う。


「そりゃ、自分で自分の写真は撮れないからね……」

「そだね……。うわ、この写真……」


 呟きながら一枚一枚、ほとんど自分ばかり写っている写真をスライドさせながら、桃香はふと一枚の写真で手を止めた。

 それは五稜郭タワーでの、桃香がびっくりした時の写真だった。


「カメラの画面でも見たけど……大きい画面で見ると、これは……」

「よく撮れてるよね」

「……恥ずかしすぎるって」


 困った顔する桃香に、塔矢は笑った。


「あはは。誰にも見せないから、心配しないで」

「もし流出したら、私生きていけない……」

「そこまで……?」

「それは言い過ぎかもだけど。……うん、景色も良く撮れてるね」


 次々と写真をめくっていくと、いつの間にこれだけ撮ったのかと思うほど、修学旅行で見た景色もちゃんと写真に収められていた。


「へぇ……夜景ってこんな感じで撮れるんだ」


 桃香は函館山での夜景の写真に目を留めた。

 それの写真には、濃い青に染まっていく空と、街の明かりが煌めいていた。


「真っ暗じゃなかったからね。カメラで撮ると、目で見るのと結構違って見えるよね」

「うん。塔矢くんと見た夜景も綺麗だったけど、写真だとまた違って見えるんだね。……あ、次の写真……」


 その次の写真を見ると、塔矢の上着を羽織った桃香の写真があった。

 彼女がカメラを向けられて照れている様子が、はっきりと写っている。


「これも可愛いよね」

「そうかなぁ……」


 桃香にはよくわからなかったが、塔矢から見れば可愛く見えるのだろうか。

 ただ、自分の写真を見た彼からそう言ってもらえることに、桃香はつい口元をほころばせた。


 ◆


「あ……」


 あれからもずっと写真を見ていた桃香は、1枚の写真で手を止めた。


「小樽だね」

「うん……。これも恥ずかしい……」


 それは急に塔矢に抱き寄せられてびっくりしたときの写真だ。

 となると、その次の写真は――。


「あ、やっぱり。これ送ってほしいな」


 2人が笑顔で並んで写っている写真を指差しながら、塔矢に言った。


「うん。良いよ」


 そう言って、塔矢は自分のスマートフォンから桃香へと写真を転送すると、すぐに通知音が響く。


「はやっ。……スマホにも入ってるの?」

「うん。共有されてるからね」

「そうなんだ……」


 桃香は受け取った写真を、早速自分のスマートフォンのロック画面に設定する。

 そして塔矢に画面を見せた。


「にしし……。どう?」

「……恥ずかしくないの?」

「え? 別に誰も私のスマホなんて見ないもん」


 言われてみるとそうだが、普段からものすごく恥ずかしがり屋の彼女にしては意外に思えた。


「そっか。じゃ、僕も……」


 そう呟いて、塔矢も写真を選んでロック画面に設定する。


「どの写真選んだの? ……なんとなく聞かなくても予想付くんだけど」

「そりゃ、もちろんこれだって」


 塔矢が見せてきた画面には、桃香の予想通り、五稜郭タワーでの桃香の写真が設定されていた。


「誰にも見せないって、さっき言ってたよね……?」

「……うん」

「……絶対に見られないって自信は?」


 桃香が眉をひそめつつ、半眼で塔矢に聞いた。


「ちょっと自信ないな。……ダメ?」

「…………ダメ。それを見ていいのは塔矢くんだけ」


 そう言って桃香はゆっくり首を振った。

 それを見て、仕方なく違うもの――函館山での桃香の写真――をロック画面にセットした。


「……じゃ、これでは……?」

「んー。まぁそれなら良しとするよー」


 微妙なのは変わりないが、恥ずかしいほどではなく、余計に変なものを選ばれるよりはマシだと頷いた。


 それから桃香は全ての写真を見て終わると、ごろんとベッドを転がって仰向けになってから、「んーっ」と伸びをした。


「写真多すぎて疲れたー」

「別に全部見なくても良かったんだけど」

「えー、変なものないかチェックしておかないとね」


 桃香は下から塔矢を見上げながら、口を尖らせた。


「で、大丈夫だった?」

「恥ずかしいのはいっぱいだけど、他の人に見せないなら良いかな」

「それは良かったよ」


 桃香が白い歯を見せて笑う。

 ベッドサイドに座わる塔矢は、手を伸ばして彼女の髪を上からわしゃわしゃと撫でた。


「んーっ」


 それが気持ち良かったのか、桃香は目を閉じて肩をすくめた。

 しばらく彼女のさらさらの髪を指で漉くように堪能して、塔矢は手を離した。


 すると桃香は途端に目を細め、口をへの字にして塔矢の方に頭を向けると、「むーむー!」と不満そうに唸った。

 もっと撫でろと言わんばかりにアピールする彼女に、塔矢はもう一度手を伸ばす。


「んふふー」


 桃香はふと思いついて、猫の手のように指先を折りたたみ、塔矢の背中に手を伸ばす。

 

「にゃーん。ごろごろー」


 そして猫の真似をしながら、彼の背中に額を擦り付けた。

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