第4章

第27話 塔矢くん、上手だね……。

「おはよう、桃香」


 修学旅行が終わった次の土曜日、桃香は塔矢の家に行くことにしていた。

 場所が分からない桃香のために駅で待ち合わせていた塔矢が、彼女を見つけて声をかけた。


「おはようっ!」


 桃香も彼の顔を見た瞬間、嬉しそうにしながら彼に駆け寄った。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


 塔矢が彼女の手を引いて歩き始めた。

 家は駅から少し離れているが、歩けない距離ではなかった。


「――あ!」


 そのとき、不意に桃香が何かに気づいて小さな声を上げる。


「どうしたの?」

「あれ……高橋先生?」


 彼の耳元に顔を寄せて、桃香は耳打ちした。

 塔矢はそれを聞いて、周りを見回すと、確かに担任の高橋先生が歩いているのが目に入った。

 こちらには気付いていないようだが、傍らにはひとりの女性を連れていた。


「先生もデートかな……? あれ? あの女の人……」

「塔矢くん、知ってるの?」

「うん。確か……凛の担任の吉村先生。今年赴任してきたからよく知らないけど……」


 桃香は彼の言葉に、記憶を辿る。

 言われてみれば、学校で何度か見かけたことがあったような気がした。


「見たことある気がする……けど、よく知らない」

「僕もちょっと話したことがあるだけ。付き合ってるのかな?」

「どうかなぁ? 愛の言葉でも強く思い浮かべてくれたら、分かるかもしれないけどね。にしし……」


 そう言って桃香は小悪魔のような笑みを浮かべた。


 ◆


「おじゃまします……」


 少し緊張しながら、桃香は塔矢の家の玄関ドアから家に入った。


「さ、上がって。……凛がいるから気をつけて」

「……どう気をつけたら良いかわかんないけど、頑張る」


 桃香は玄関でローファーを脱いで、そっと足を踏み入れる。

 敷かれた玄関マットが可愛らしい猫の模様だったのを見て、桃香は少し緊張を緩めた。


「凛ー! 友達来たから静かにしろよー」


 そう言いながら塔矢はリビングに入る。

 どうやらここを通らないと、塔矢の部屋には行けないような間取りのようだった。


「はーい。――って、熊野先輩! なんで⁉」


 リビングのソファに寝転がってゲームをしていた凛だったが、何気なく顔を上げて来訪者をチラッと見た途端、慌てて体を起こした。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、塔矢と桃香の顔を交互に見比べる。


「なんでって、同じクラスなんだし、友達でもおかしくないだろ?」

「え……そ、そうかもしれないけど……。あ、すみません。熊野先輩、こんにちは」


 挨拶を忘れていたことに気づいて、凛は立ち上がって桃香に頭を下げた。


「凛ちゃん、久しぶりね。はい、これお土産よ」


 桃香はそう言うと、持ってきた春木家のお饅頭を手渡した。


「あ、ありがとうございます。あの……熊野先輩って、兄とそんなに親しかったんですか……?」

「そうね。……それなりにね。今日は一緒に勉強しようと思って」

「そうですか……。もし襲われそうになったら呼んでくださいね、木刀持っていきますから」


 真面目にそう言う凛に、桃香はくすっと小さく笑顔を見せて答えた。


「ふふ、もしそうなったら呼ぶわ。……でも、熊野くんはそんな人ではないって知ってるから大丈夫よ」


 凛との会話に塔矢が割り込んで言った。


「じゃ、部屋に上がるから。……行こうか」

「そうね。それじゃ、またね。凛ちゃん」

「は、はい……」


 桃香は塔矢に続いて階段を登る。

 2階は廊下を挟んで両親の寝室と、子供部屋がある造りになっていて、そのうちの1部屋に入った。


「はぅー、緊張したぁー」


 部屋の扉を閉めた途端、桃香は大きく息を吐いて、先ほどまでと打って変わって気の抜けた声を出した。


「バレても良いんじゃなかったっけ?」

「えー、最初に塔矢くんが「友達」って言うから、その路線で頑張ったのにー」

「でも男友達の家に来るって、ちょっと無理があるよな」

「そうかもしれないけど……」


 そう言いながら桃香は塔矢のベッドに腰掛けて、部屋の中をきょろきょろと見回した。


「ふーん……。私の写真がない……」

「そりゃな。凛に見られたら大変なことになるだろ」

「あ、そっかぁ。兄妹いると色々大変だね」


 桃香はしばらく部屋をチェックしたあと、おもむろにベッドに寝転がった。


「んふふ……。塔矢くんの匂いがする……」


 塔矢の枕に顔を埋める桃香に、自分の椅子に座る塔矢が言った。


「……ここに本物がいるんだけどな」

「えー、それは恥ずかしいもん……」


 桃香はベッドに寝転がったまま、塔矢の枕をギュッと抱いて、塔矢の方に体を向けた。

 同時にスカートが少し捲れ上がり、伸びた白い太腿がギリギリまで露わになる。

 ついそれに目が行った塔矢は、何も考えられず無言で唾を呑み込んだ。


「……カラオケのとき触れなかったし、触ってみる……?」


 桃香も恥ずかしいのか、頬を染めて塔矢に呟いた。

 誘っているようなその表情に、塔矢はもう我慢できず、桃香に顔を寄せて軽くキスをする。


「ん……」


 すると桃香は両手を伸ばして彼の首に手を回すと、しっかりと唇を重ねた。


「……2週間ぶりだね。ずっと我慢してたから嬉しい」


 うっとりとした表情でそう呟いた彼女の顔が妙に艶っぽくて、ついその先に手を出してしまいそうになるのを『凛がいるから……』と必死で我慢する。


「……そだね。それはまた今度かな。……でもちょっと触るくらいならいいよ。――あ、そうだ。どうせ触るならマッサージして欲しいな。旅行に行ってから身体が硬くて」


 そう言うと、桃香はぐるっと身体を転がして、うつ伏せになった。


「良いけど……。どの辺が凝ってるんだ?」

「んー、首と肩と背中と腰と足と腕と……」

「全部じゃないか」

「そうかもー」


 笑う桃香の横に腰掛けて、まずは腕にそっと手を伸ばして、二の腕付近をしっかりと揉んだ。


「……すごく柔らかいね」

「そうかな……?」

「うん」


 力の入っていない二の腕は、少し冷たいふわふわしたマシュマロのような感触で、いつまでも触っていられるような気がした。

 両腕のマッサージが終わると、次は肩に手を伸ばす。


「体重かけなきゃ、乗っかってもいいよー。横からだとやりにくいよね」

「うん……」


 促されて、塔矢は彼女の背中にまたがるように膝を付いて、両手で肩のマッサージをする。


「んぅ……。気持ちいい……」


 親指で硬いところを探しながら、しっかりと力をかけるように解していく。


「あふっ……そこ。……塔矢くん、上手だね……」


 徐々に背中の方に場所を変えていく。

 所々に硬いところがあって、そこが気持ちいいのか、ぐいと押す度に彼女が嬌声をあげるのが艶かしい。


「あー……気持ちよくて溶けちゃいそう……」


 腰のマッサージまで終わると、桃香はとろんとした表情で呟いた。


 最後に足のマッサージをしようと、彼女の体の上から退こうと思った時だった。


「――お兄ちゃん、お茶淹れたけど饅頭食べるー?」


 突然、ノックも無しに部屋の扉が開けられて、3人が3人とも、目が点になった。

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