第25話 ……よろしくね。

 動物園を出てから、2人はもう一度地下鉄に乗って時計台の前に来ていた。

 桃香はしっかり手を繋いだ塔矢に聞く。


「時計台って日本三大がっかり名所のひとつなんだよね?」

「うん。あとふたつがどこか知ってる? 僕はここが最後のひとつだったんだよね」

「えっと、高知の『はりまや橋』は知ってるよ。行ったことあるから」


 逆に塔矢から聞かれて、桃香は少し斜め上を見ながら答えた。

 自分たちが住んでいるのと同じ四国にあることもあって、高知には何度か行ったことがあった。


「あそこも小さな赤い橋だよね。あとひとつは?」

「……わかんない」


 ギブアップした桃香に、塔矢が答えた。


「最後は長崎の『オランダ坂』だね。僕は中学の修学旅行で行ったよ。桃香は?」

「あ……っ! 私もそうだったよ。じゃあ、行ってるのかなぁ……? 覚えてないけど」


 塔矢に教えてもらって、桃香は自分も修学旅行で長崎に行ったことを思い出した。


「覚えてないくらい地味な、ただの坂だからね」


 塔矢は話しながら、ふとその頃の彼女はどうだったのかが気になった。

 今のように学校で孤立していたのかと、心配になったのだ。


「……その頃って、桃香は異能症発症してたの? 僕は中3の夏だから、修学旅行のときはまだだったけど」


 桃香は少し目を伏せて答えた。


「私も中3のときの年末かな。だから修学旅行の時はみんなと楽しかったよ。……でも、異能症だって分かってから、近くの高校受けるのやめて、遠いけど今の高校にしたんだ。逃げ出したかったから……」

「大変だったんだね……」


 塔矢が声をかけると、桃香は首を振った。


「ううん。その頃はそう思ってたけど、今はそれで良かったって思ってるよ? 今の高校に来てなきゃ、塔矢くんとは会ってなかったんだから」


 そう言って桃香は塔矢の手をぐいっと引き寄せると、両手でしっかりと握って笑顔を見せた。


「うん。僕も桃香と会えてよかったよ。まぁ、僕は桃香の神社に行ってたかもしれないけどね」

「あはは、もしそのときは変な人が来たーって逃げてたよ、たぶん」


 ◆


「他のふたつのがっかり名所と比べると、この時計台はまだ立派だよね」

「そうだね。ヨーロッパとかの写真で見る、でっかいのを想像してるとがっかりするけど」


 時計台の中に入った2人は、展示物を見ながら呟く。


「へぇ……。元々は農学校だったんだ……」

「全然知らなかったよ」


 展示された資料を興味深く眺めながら、桃香は色々とメモをしていた。


「桃香ってよく歴史の本読んでるけど、好きなの?」

「うん。勉強のためってのも少しはあるけど、好きだって方が大きいかな」


 そう言って、手元のメモから塔矢の方に顔を向けた。


「異能症だって、検査ですぐわかるようになったのは最近だからね。もしかして、それまでの偉人とかにもそういう人、意外といたりしてね」

「私もそれは思うよ。……私たちくらいの異能でも、時には未来が変わるんだから。びっくりするようなすごい異能を持ってた人だっていたかもしれないし」

「そうだね……」


 確かに桃香の言うとおり、ほんの些細なことでも未来が変わる可能性があるわけで、それが歴史に影響を与えていた可能性は十分にあった。


「でも、もう過去の歴史は変わらないから。……わかってないことはいっぱいあるけどね」


 ◆


「本当に大通りが大通りだね」


 エレベーターで展望台に登り、札幌の街を見下ろしながら桃香が言った。

 2人は自由行動で予定していた最後の場所、テレビ塔に来ていた。


「なんだよそれ」


 桃香の言葉に、塔矢が笑った。


「うー、だって大通りがすっごく大通りに見えない?」

「そう言われたらそうだけど……」


 彼女が言いたいことはなんとなくわかる。

 目の前に伸びる大通りが、すごく広いと言いたいのだろう。

 ただ、ギャグにしか聞こえなくて笑ったのだ。


 その様子に桃香は少し目を細めて呟いた。


「……楽しかったね」

「うん。ありがとう、桃香」

「ううん、お礼を言うのは私のほうだよ。……こんなに修学旅行が楽しめたの、塔矢くんのおかげだもん。ありがとう。……大好き」


 桃香はそれが恥ずかしかったのか、顔を伏せてまた展望台から外を見下ろす。

 その横にそっと寄り添って、塔矢も呟いた。


「桃香が楽しんでくれて僕も嬉しいよ。……桃香の笑顔が好きだから」

「ん、すごく嬉しい……」


 桃香はそう言って、彼の肩にそっと頭を乗せた。


 ◆


「少し気になったことがあるんだけど……」

「なに?」


 テレビ塔からの帰り、集合時間を見ながらホテルに帰る途中で、桃香が聞く。


「……塔矢くんの異能って、たまにしか起こらないの? まだ2回しか見たことないけど……」


 自分の異能も頻度は少なかったが、今や彼が自由に活用してくるからか、もう当たり前のようになってしまった。

 しかし、塔矢の異能を見たのはこれまでまだ2回しかなかった。


「そうだね。滅多に無いかな。……でも、見えるのは決まって……悪いことばっかりだよ。誰かが事故を起こすとか、そういう」

「それって辛いね……。うーん……」

「どうしたの?」


 考え込む桃香に、塔矢が聞いた。


「……それって、私に塔矢くんが狙って話しかけるみたいに、その誰かの未来の声が、塔矢くんに届いてるってことじゃないのかなって」

「うーん、いまいち意味がわからないけど……」

「うまく説明できないんだけどね。……将来事故とかに遭う人が、それに気付いて欲しくて、塔矢くんに何かメッセージを送ってる、というか……」


 彼女の言いたいことはなんとなくわかった。

 ただ、あくまで推測でしかなかった。


「可能性がないとは言えないけど……。でも、わかってもあんまり意味はないかなぁ」

「そうだね。……私はずっと塔矢くんばっかり見てるから、私に起こる危険とかなら視えやすかったりしたりして。……そうだといいなって思っただけ」


 そう言って桃香は寂しそうに笑った。


 確かに……桃香の話も一理あるようには聞こえた。

 自分の異能はただ単に未来が視えるものではなく、必ず誰かに危険が迫る情景が視えていた。

 今までは意識していなかったが、その本人が危機を知らせるメッセージを送ってきているのだとしたら……?

 彼女に狙って言葉を届けるときのように、視えやすくなる可能性はあるのではと思えた。


「……かもね。それじゃ、これからずっと一緒にいたら試せるね」

「ん。期待してる。……よろしくね」

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