第24話 責任……絶対に取ってもらうんだから。

 2人は札幌駅で地下鉄に乗り換えて、円山公園駅で降りた。

 バスターミナルのところから地上に出て、まずは北海道神宮に向かう。


「桃香は御朱印集めたりはしないの?」

「前はよくやってたよ。やっぱり色んなところの見て、勉強したりもしたから」


 塔矢が聞くと、桃香は笑顔で答えた。


「そうなんだ。今はやらない?」

「全然やらないわけじゃないけど、塔矢くんがいっぱい集めてくれてそうだもんね」


 そう言いながら、桃香は「にしし」と笑った。

 円山公園を抜けていくと、程なく大きな鳥居が見えてきた。

 参道も北海道らしく広くて、綺麗に整備されているように感じた。


 本殿に向かうまでにも境内社がいくつか鎮座していて、それぞれ参拝しながら奥に向かう。

 塔矢は桃香の作法を見て、その綺麗さに感嘆する。


「やっぱ桃香って綺麗だよね……」

「――え⁉ そ、そうかな……?」


 唐突に呟いた塔矢に、桃香は驚きつつも照れながら返した。


「うん。姿勢とか足の運びとか、すごくスムーズだし……」

「あ、そっちね。……うん、それはお父さんにいつも厳しく言われるから。変な癖が付くと後で直せないからって」

「へぇ……。色々決まってるんだよね。作法とか……」


 塔矢が聞くと、頷いて桃香が答えた。


「うん。例えば神様に向かって正面は正中せいちゅうって言うんだけど、そこにはできるだけ入らない。そこを基準にして、左側と右側だと足を出す順番が逆になったりとかね。頭を下げる角度とか時間も、何種類もあって、全部違うんだよ」

「そうなんだ。全部覚えてるの?」

「もちろん、一通りはね。……でも緊張してると迷ったりはするよ、やっぱり」


 そう言って桃香は可愛くペロっと舌を出して見せた。


「じゃ、最後だね」

「うん」


 最後に神宮本殿に向かって拝礼し終えた後は、社務所に行って塔矢は御朱印の申し込みをした。

 書いてもらっている間、桃香はその様子を見ながら小さく頷いていた。何か参考になることでもあったのだろうか。


 書き終わった御朱印帳を受け取り、次は動物園に向かう。


「陽射しは暑いけど、この辺りは木が多くて少しひんやりしてるね」


 桃香が大きく息を吸い込みながら、気持ちよさそうに背筋を伸ばした。


「そうだね。もう6月だもんね。……何か飲み物買う?」

「ん、動物園に着いたら買おっか」


 並んで歩きながら、塔矢は自然に彼女の手を取った。

 桃香はちらっと塔矢の顔を見て、何も言わず目尻を下げた。


 川沿いの緩い坂道を、動物園の入り口に向かって歩くと、すぐに動物園の入り口に着いた。


「高校生2人でお願いします」

「こんにちは。生徒手帳か何か、確認できるものはありますか?」

「はい、こちらで」


 高校生料金があるということを事前にチェックしていた2人は、生徒手帳を見せる。


「ありがとうございます。ではお一人400円ずつです」

「これで……」

「ちょうどですね。ごゆっくりどうぞ」


 2人はチケットを受け取り、園内に入る。

 そして入り口付近の自動販売機で、それぞれ飲み物を買った。


「あれ? 塔矢くんお茶じゃないんだ。初めて見た」

「お茶だとすぐにトイレ行きたくなるからね」


 塔矢が買ったのは桃香と同じスポーツ飲料だった。


「麦茶とかだったら大丈夫だよ?」

「そうだけど……。桃香とお揃いが良いなって思って」

「あぅ……。そう返されるとは思ってなかったよ……」


 そう言いながら、桃香は少し照れた頬に冷たいペットボトルを当ててから、キャップを開けてジュースを口に含んだ。


「んー、冷たい。じゃ、早く行こうよ」

「そうだね」


 それぞれ背負ったバッグの横にペットボトルを差し込み、今度は桃香が塔矢の手を引いて歩き出した。


 ◆


「――塔矢くん、ペットとか飼ってる?」


 横に並んでシロクマを見ながら、唐突に桃香が塔矢に聞く。


「いや飼ってない。猫は好きだけど。……桃香は?」

「うちも飼ってないよー。神社に遊びに来る近所のニャンコはいるけどね」

「へー、そのうち見かけるかな?」

「早朝か夜が多いかな、来るのは。塔矢くんが来る時間はあんまり」


 夜に行動することが多いからか、神社に顔を出すのは決まって暗い時間帯だった。


「それは残念……」

「にしし。塔矢くんがうちに住んだら、いくらでも会えるよー」

「ニャンコに会うためだけにそれはちょっと……」

「あはは。残念ー」


 軽く言ってみたが、あっさり塔矢に躱されてしまい、桃香は少しがっかりしつつも乾いた笑いを返した。

 しかし、すぐに塔矢が口には出さずに続けた。


『……でも、桃香に会うためだったら、それも良いかな』


 その言葉を聞いた桃香は、一瞬ピクッと肩を震わせて、ゆっくりと塔矢の顔を見た。

 塔矢も桃香に顔を向けると、彼女の顔がすーっと朱に染まっていく。


「……ほんっと、塔矢くんって不意打ちが得意だよね……?」

「桃香のそういう可愛い顔が見たくて、つい……」

「はうっ……。今度はさらっとそういうこと言うし……。もう……」

「……ダメだった?」


 桃香の目が泳いでいるのが可愛くて、塔矢はじっとその顔を見つめた。

 湯気が出そうなほど真っ赤に染まった顔で、桃香はポツリと呟いた。


「……うぅ、ダメじゃない。……でも、これだけ好きにさせた責任……絶対に取ってもらうんだから」


 そう言って、桃香は塔矢の腕を両手でしっかりと胸に抱いた。

 塔矢の肘のあたり、彼女のブラウス越しの胸の膨らみがしっかり押し付けられて、つい『胸が……』とドキドキした。


「にしし。……私をドキドキさせたお返しだよっ」


 少し顔を背けた塔矢に、更に胸をぐりぐりと押し付けるようにしながら、桃香は彼の耳元で囁いた。

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