第23話 残念だったねっ!

「まさかね……」


 救急車のサイレン音を聞いて、桃香が呟いた。

 彼女が気にしたのは、塔矢が視たという未来に関係があるのでは、ということだ。


「どうだろう? 救急車は珍しくないからなぁ……」

「あ、止まった……みたい。そんな近くじゃないかな?」


 だんだん近づいてきていたサイレン音は、ふたりからかなり離れたところで止まったようで、音は聞こえなくなった。


「みたいだね。すぐそこって感じじゃないから、関係ないんじゃないかな?」

「良かったー。……って、なんかあったのは変わらないから、良くはないけど」

「まぁ、もし僕の視た未来に関係があったとしても、どっちにしろ今から僕たちにできることはないけどね」

「そっか。……そうだね」


 未来を変えることはできるかもしれないが、救急車が来たということは、もう起こってしまったことだ。

 既に過去のことになってしまった出来事に干渉することはできないのだ。


「それじゃ、次行く?」

「ん、わかった」


 塔矢の言うことはもっともだ。

 少し気にはなるが、桃香は気持ちを切り替えて、旅行を楽しむことにした。


 ◆


「あ、美味しー」


 途中の店でソフトクリームを買って、ペロッと一口舐めた桃香は、頬をほころばせた。

 彼女が買ったのはメロン味のソフトクリームだ。


「うん。こっちも美味しいよ」


 塔矢が持つのは少し紫色がかった、ハスカップというよく知らない味のソフトクリームだった。


「へー、それも気になってたんだよね」

「少し食べてみる?」


 塔矢がそう聞くと、彼女は少し慌てて、視線を宙に泳がせた。


「か、間接キスになるよ……?」


 そう呟きながらも、桃香は溶けないように自分のソフトクリームは舐めていた。


「え、いまさら? 間接どころか……なんだけど」

「それは……そうだけど……。場所とかムードとかもあるし……」

「そうだね。それじゃ、別に構わないけど……」


 そう言ってソフトクリームを食べる塔矢を、桃香はじっと見つめる。

 そして恥ずかしそうにしながら言った。


「うー、やっぱり一口もらうっ!」


 そう言うなり、片手で髪を押さえて、塔矢のソフトクリームに顔を寄せると、おもむろに齧り付いた。


「ん、ちょっと酸味があって美味しいね」


 少し頬を染めて、桃香は満足そうに頷く。

 その様子を『今の表情、写真に撮りたかった』と塔矢は思ったが、手にはソフトクリームを持っていて無理だった。


「あはは、残念だったねっ!」


 塔矢の声が聞こえた桃香は、まるで子供のように無邪気に笑った。


 ◆


「海鮮丼美味しかったね」

「うん。私もうお腹いっぱい」


 小樽を一通り回って、最後に海鮮丼を食べたふたりは、小樽駅に向かいながら歩いていた。

 少し予定よりは遅くなったが、許容範囲内だろう。


「あれ、熊野さん?」


 突然、後ろからふたりに声がかけられた。

 足を止めて振り返ると、同じ制服を着た女子が4人、連れ立って歩いていた。

 同じクラスの女子グループだった。


「あら、奇遇。……あなたたちもこれから札幌に?」

「ううん、私たちはまだこの辺りでしばらくいるつもり。……あ、そうだ。さっき高橋先生に会って聞いたんだけど、2組の女子が急に倒れて、救急車で運ばれたんだって」

「そう……。心配ね。大丈夫なのかしら?」

「そこまでは。熊野さんも気をつけて。……あと、中村くんも。それじゃ」

「ありがとう。あなたたちもね」


 桃香は小さく頭を下げると、「じゃ、行きましょう」と塔矢に声をかけて歩き始めた。

 塔矢もそれに倣う。


「……倒れたって、何があったのかな? 熱中症とか?」

「なんだろね。わかんない」


 塔矢が聞くが、桃香も首を傾げるだけだった。

 元々持病なのがあったのかもしれないし、体調が悪かったのかもしれない。

 誰が倒れたのかもわからないので、推測しかできなかった。


「そうだね。誰かもわからないし。あ、電車の時間あんまりないから、急ごう」

「うん」


 時刻表を調べると、札幌に向かう快速列車が良いタイミングにあった。それに乗るべく、足を急ぐ。


「やっぱ自動改札って便利だなぁ」

「うん、切符買ってたら間に合わなかったよね」


 無事、目当ての電車に乗ることができ、ふたりは安堵する。

 券売機を横目に見たとき、かなり観光客が並んでいたこともあって、もし並んでいたら乗り遅れたかもしれないと思えた。


 乗った電車は、朝とは違って混雑しておらず、2人がけの座席に並んで座ることができた。


「塔矢くんは家族へのお土産とか考えてるの?」

「いや、お菓子くらいかな。生チョコとか、食べるものが良いかなって」

「そっか。私は木彫りの熊さん!」

「え……あれ買うの?」


 桃香の話に、塔矢は目を丸くして驚いた。

 持ち帰るのか、それとも宅配にするのかはともかく、おおよそ修学旅行で買う土産とは思えなかった。

 確かに定番のお土産ではあるけれども。


「……なーんてね。冗談だよ。びっくりした?」

「いや、まぁちょっとは……。でも桃香の家なら似合うかもって思ったよ」

「にしし、うちには既にあるのだよ。お魚くわえた熊さんが……」


 勝ち誇ったように桃香は言った。


「あ、やっぱり? 和風の家だとよく見かけるよね、あれ」

「そうなのかなぁ? あんまり他の家とか行かないから、分かんないけど」

「うん、結構見かけたことある気がするよ。和室の床間とかに置かれてたりして」

「ご名答! うちもそこに置かれてるよ。今度来たとき撫でていってね」


 そう言って桃香は笑う。

 和室という話で、ふと塔矢は気になった。


「そういえば、桃香の家って仏壇とかあるの? 神職さんの家ってそんなイメージがないんだけど」

「んー、他の家は知らないけど、うちには仏壇ないよ。おっきな神棚があるだけ」

「やっぱりそうなんだ」

「それじゃ、塔矢くんの家にはあるの?」


 反対に桃香が聞いてきた。


「うち新しい家だから、まだ仏壇がないんだ。実家にはあるけどね」

「へぇ……。私、塔矢くんの家見てみたいな。どんな家なんだろ?」

「別にいつでも来てくれても良いんだけど、凛に見つかるとな……」


 凛が倒れたときに、一部記憶がなくなってしまっていたことが理由で、塔矢と桃香が付き合っていることはまだ知らないはずだ。

 ただ、家に来て顔を合わせると、もう言い逃れはできないだろう。


「私は別にバレても良いけどね。恥ずかしいところさえ見られなければ」

「確かに、隠す必要はないんだけど……」

「じゃ、今度遊びに行くね。わくわく」


 桃香はそう言うと、塔矢の家がどんな感じなのか、頭の中でひとりイメージを浮かべた。

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