第22話 お揃いだねっ!

「タイミング悪いなぁ……。こんなときに……」


 塔矢がそう呟いて、桃香にバツの悪そうな顔を見せた。


「仕方ないよ。……それでどんなのが視えたの?」

「……視えたのは運河に誰か落ちるところ。水飛沫がはっきり見えた」

「この運河に? そんな簡単に落ちるようなとこでもないと思うけど……」


 桃香は橋の欄干から身を乗り出して、周りを見渡した。

 飛び降りようと思えば簡単だが、不注意で落ちるほどでもない。


「まぁこの時期だし、落ちただけなら大丈夫だと思うけど……。どうする?」


 塔矢は桃香に意見を聞いた。


「んー、予定もあるけど……やっぱ気になるよね。もしそれで誰か死んだりすると、後で絶対後悔するもん」

「桃香ならそう言うと思った。それじゃ、しばらくここにいようか」

「そうだね。……どうせ待つだけなら、そこの観光案内所でも寄ってみようよ」


 桃香はそう言うと、塔矢の手を引いて案内所に入る。

 中には色々なパンフレットが置かれていて、気になったものをいくつか手に取ってみた。


「へぇ……ガイドブックに載ってないようなとこも結構あるね。何回も来なきゃ回れないかな」

「……何回も来るつもりなんだ?」

「駄目……かな?」


 少し頬を染めて上目遣いで言う桃香に、『可愛すぎる……』と塔矢はドキッとする。


「……えへ、いつもそう言ってくれて嬉しいよ。また塔矢くんと来たいな」

「そうだね」


 2人がいくつかパンフレットを貰い、外に出たとき――。


「中村! 熊野!」


 突然、聞き慣れた声で名前が呼ばれて、2人はびっくりした。


「高橋先生……!」


 そこにいたのは、クラス担任の高橋先生だった。

 高橋先生は30歳くらいの、まだ若手の男の先生だ。


「こらこら、班行動って言ったろ? ……まぁ、1人じゃないみたいだから目を瞑るけど、気をつけろよ。何かあったら私の責任だから……」


 高橋先生は気さくな性格で、生徒にも人気がある。


「すみません。気をつけます」


 塔矢が謝る横で、桃香もいつものような表情で言った。


「私が中村くんに無理を言ってしまいました。本当に申し訳ありません」


 それを聞いた高橋先生は、少し驚いたような顔で言った。


「そうか。いや、クラスでも熊野は周りと距離を置いてたから、私もずっと心配してたんだ。だから修学旅行を楽しんでくれてるみたいで良かったよ。……中村、すまんが面倒見てやってくれ」

「はい、先生。一人にはさせませんからご心配なく」

「頼むよ。……先生たちは手分けしていろんなところにいるから、なんかあったら連絡してくれ」


 高橋先生はそう言うと、駅の方に歩いて行った。

 それを見届けてから、桃香が表情を緩めた。


「……びっくりしたよ。怒られるかと思ったぁ」

「僕も」


 それには塔矢も同感だった。


「今更ここで班に戻れって言っても無理だもん、ちゃんと私の面倒見てね」

「もちろんだって」

「ん。……修学旅行が終わっても、だよ?」


 桃香はそう言うと、彼の手を握ってぶんぶん振り回した。


 ◆


「……何も起こらないね」


 あれから30分を過ぎたが、何も起こらなかった。

 2人は橋の欄干に寄りかかって、雑談をしながら周りの人たちを眺めていたが、時計を見た桃香がぽつりと呟いた。


「そうみたいだ。外れたことなんてなかったんだけど……」


 塔矢が頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。


「起こるか起こらないかで言ったら、起こらない方が絶対いいんだから。……でも、私たちがここにいたから変わったって可能性もあるんだよね?」

「それはもちろん。本来ならとっくにガラス館に行ってたはずだし、もしかしたら先生にも会ってなかったかもしれないから」

「うん。なら、ちゃんと防げたってことで良いよねっ!」


 笑顔で頷きながら、桃香が片目をつぶって見せた。


「そうかもね。それじゃ、ちょっと遅くなったけど次行こうか」

「だね!」


 桃香は欄干から身体を離すと、塔矢の手を取って「早く行こうよ」と引っ張った。


 ◆


「わぁ……綺麗……」


 浅草橋から歩いてすぐのガラス館に入り、きらめくガラス工芸品を見た桃香が感嘆の声を上げた。

 塔矢も色とりどりの模様が入ったコップを手に取り、覗き込むようにして言った。


「すごいね。これって、全部手作りなのかな?」

「みたいだよ? そう書いてあるし……」


 確かに同じように見える物でも、並べて見比べると僅かに大きさや形が違っていた。


「お土産で何か買う?」

「うん。私、塔矢くんとお揃いの物が良いなぁ」


 そう言いながら、桃香は気になる工芸品を物色していた。


「あ、これとかどう? ペアのコップ」


 彼女が手にしていたのは、全体的に丸みを帯びた形状の可愛らしいコップだった。

 少し厚めのガラスに、水玉模様が散りばめられていた。


「丸くて可愛いね。色は?」

「私はこのオレンジ色が良いけど……塔矢くんは?」

「僕はこの緑かな。色違いの方が分かりやすくて良いんじゃない?」

「うん。並べて置いたときにすぐわかるもんね」


 桃香の中では、いずれ棚にグラスを並べるような関係になることまで意識していた。

 なにしろ、if帳にもしっかり書いてあるのだ。『初めての彼と結ばれる』と。


「ははは、それまでに割ったらごめんね」

「むー、その時はまたここに買いに来ないとだよっ」

「それは……大変だね」

「そう思うなら割らないでねっ」


 ◆


 カラス館では、ペアのコップのほかに、同じようにお揃いのガラス玉が付いたキーホルダーを買った。

 店を出ると、早速お互いのバッグに取り付ける。


「うん、お揃いだねっ!」


 自分の背負うバッグを振り返って見ながら、桃香は嬉しそうに笑った。

 彼女の笑顔を見ると、塔矢もつい『可愛いなぁ』と頬が緩む。


「ん。ありがと」


 その声を聞いた桃香も少し照れながら呟いた。


 ――そのとき。


「……ん? 救急車かな?」


 遠くのほうで、救急車のサイレン音が鳴っているのが、ふたりの耳に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る