第19話 ……2人でまた来ようね。

 飛行機は一度羽田空港に着陸し、そこから乗り換えて昼前、函館空港に着いた。


「結局、結構音がするし、揺れるしで全然寝られなかったわ。途中から目を閉じてたから疲れはないけれど……」


 桃香は函館空港の到着ロビーで背筋を伸ばしながら、塔矢に言った。


「そうかな? あんまり揺れなかったほうだと思うよ」

「……あれで? 私、飛行機無理かもしれないわ」


 彼女はかなり揺れていたように感じていたが、何度か飛行機に乗ったことがある塔矢に言わせれば、大したことはなかったらしい。

 あれ以上揺れたら、怖くて乗っていられないかもしれない。


「すぐ慣れるって。……飛行機乗れないと、2人で旅行にも行けないよ?」

「うっ……。それは……困るわね」


 軽く言った塔矢に、眉を顰めて桃香が呟いた。

 周りから見れば、機嫌が悪いようにも感じるその表情だが、もちろんそうではない。


「そういえば……飛行機の中で気になることがあったの」

「どうしたの?」


 桃香がふと思い出して、小声で彼に言う。


「久しぶりに塔矢くん以外の言葉が聞こえたの」

「へぇ……。それで、なんて?」

「『次の、獲物は』って。それがどうにも気になってしまって……」

「うーん……。確かに何か気になるような言葉だけど、それだけじゃわからないね。釣りとかに行こうとしてるだけかもしれないし……」


 塔矢は少し考えて答えた。


「確かにそうよね……。ごめんなさい」


 桃香もその考えには同意できる。

 いずれにしても、不安になって塔矢に話したかったのが本音だった。


「いいって。……さ、バス乗ろう。五稜郭、見てみたかったんだ」

「そうね。私も」


 歴史が好きな桃香にとっても、そういう歴史上重要なところは興味があった。

 いくら本で勉強しても、自分の目で見て体験しないとわからないということは、先日身をもって知ったばかりだ。

 桃香はそのときのことを思い出して、少し恥ずかしくなった。


 ◆


「わ、すごいっ!」


 五稜郭タワーの展望台から、眼下を見下ろした桃香は、感嘆の声を上げた。

 その瞬間、周りの視線が集まったような気がして、はっと口を塞いだ。

 そっと周りを見てみるが、特に自分が見られているようなことはなくて、胸を撫で下ろす。


「大丈夫だよ。みんな気にしてないから」

「そう……よかった。それにしても、すごく綺麗な形ね。写真で見たとおりでびっくりしたわ」

「よくこんな形にきっちり造ったよなぁ……。どうやったんだろうね」


 正方形とかならまだわかるが、五角形を正確に作るのはどうやったのか、不思議で仕方がなかった。

 しかも、小さいものならともかく、これほどの大きさで。

 塔矢は持ってきた愛用のカメラで上から写真を撮る。


 そのとき、不意に彼が桃香にカメラを向けた。


「――わわっ、ダ、ダメっ!」


 慌てて手で顔を隠そうとするが、その前にシャッター音が響く。


「うん、いい顔だよ」


 塔矢がカメラの画面を見ながら笑った。


「うー、酷いよっ。急に……」


 桃香もその写真を見ようと、彼に体を寄せた。

 そこにはびっくりして慌てている自分の顔が、くっきりはっきりと写っていて、桃香は顔が火照るのがわかった。


「だ、駄目だって、こんな写真! 消してよっ」

「えー、せっかく可愛いところ撮れたんだから、引き伸ばして部屋に飾っておくよ」

「そんなの、絶対だめだよっ!」


 周りに同級生たちがいるのも忘れて、いつも塔矢と話しているような口調で桃香は叫んだ。

 その瞬間、周囲の視線が自分に集まったのを感じて、桃香は「あっ……」と小さく呟いた。


「……コホン。なんでもないわ。……さ、塔矢くん、降りて五稜郭に行きましょう」

「そ、そうだね……」


 必死で平静を保とうとする桃香を見て、塔矢はつい笑ってしまった。


 ◆


 五稜郭とその周辺を散策した後は、夕方にロープウェイで函館山に登った。

 夕食の時間の都合で、完全に真っ暗になるまでに降りないといけなかったのが残念だったが、それでも薄暗い中で夜景を見ることができた。


「6月でも結構寒いんだね」


 桃香が函館市街の景色を見下ろしながら、少し寒そうにしながら言った。

 持ってくる荷物に「上着」と書かれていたのも納得だ。ただ、短時間ということもあって、今は長袖の薄いブラウス1枚だった。


「北海道は夏でも寒い夜には暖房つけることがあるらしいよ?」

「そうなんだ。ちょっと信じられないね」

「僕らの住んでるあたりだと考えられないよね。クーラーないと寝られないもん」

「あはは。私の部屋にはクーラーないけどね」


 そう言いながら桃香は笑う。

 古い家だということで、エアコンがついてないのだろうか。


「それは……ちょっと辛いね。僕、桃香の家では暮らせないかも……」

「ええーっ! それは困る。……今度お父さんにお願いして付けてもらうからっ!」


 桃香はそう言いながらも、そっと彼と手を繋いだ。


「手が冷たいけど、大丈夫?」

「……たぶん大丈夫。塔矢くんの手があったかいんだよ」


 彼女はそう言うが、心配になった塔矢は「ちょっとごめん」と一度手を離して、背負っていたバッグから上着を取り出した。

 そして彼女の背中にかけた。


「ありがとう。塔矢くんは寒くないの?」

「うん、これくらいなら大丈夫。心配しないで」


 それを聞いた桃香は、サイズが合わなくてダボダボの上着の袖に手を通した。


「あはは、おっきすぎ」


 笑いながらぐいっと袖を捲り、ちょっとだけ顔を見せた小さな手で、もう一度塔矢の手をしっかりと握った。


「だいぶ暗くなってきたね」


 そのとき、塔矢を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、塔矢! そろそろ集合だぞー!」


 振り向くと、クラスメートの加藤が遠くから手を振っているのが見えた。

 それに塔矢も手を振り返す。


「あ、もう時間か。――行こう、桃香」


 塔矢が時計を見ながら言うと、彼女も残念そうにしながら言った。


「……2人でまた来ようね」

「うん」

「約束だよ? ……もし破ったら、祟るよ?」

「ははは、そのときは桃香のお父さんにお祓いしてもらうよ」

「むー。それは絶対効かないと思うよ……」


 拗ねたように言いながら、桃香は塔矢の手を握る力を少し強くした。


「大丈夫。約束はちゃんと守るから。……絶対」

「ん。私、覚えたよ。絶対だからねっ」


 塔矢が言った言葉をしっかりと記憶しながら、桃香は笑顔で頷いた。

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