第3章

第18話 塔矢くんだけが特別なんだから。

「……塔矢って、熊野さんと付き合ってたりする?」


 修学旅行の少し前の休み時間、塔矢は中学からの友達の加藤から話しかけられた。

 突然小声で耳打ちされて驚いたが、特に隠したりしているわけでもなく、素直に頷く。


「そうだけど……。急にどうしたの?」

「最近よく放課後一緒なのを見かけるから、もしかしてって」

「うん。時々遊びに寄ったりしてるから……」


 2人に用がないときは、帰りに駅の近くでぶらぶらしたりするのが楽しかった。

 普段の彼女からは想像もつかないが、可愛いものに目がないところも最近の発見だった。


「熊野さんって遊んだりとか、そんなイメージ全然ないんだけど、どうなんだ?」

「あー、そう思うかもしれないけど、意外に普通だよ」

「そうなのか……。まぁ塔矢も異能持ちだし、お似合いだと思うよ。……頑張れよ」

「うん、ありがとう」


 塔矢は本を読んでいる桃香の方にちらっと視線を向けた。

 たぶん、きっと……彼女は聞き耳を立てていただろう。

 そう思って、塔矢は『聞いてた?』と聞く。彼女は本に視線を向けたまま、小さく頷いた。


 ◆


「隠してるわけじゃないけど……そろそろみんなに気付かれてきたね」


 放課後、駅の近くのバーガーショップでバニラ味のシェイクを飲みながら桃香が言った。


「別に気にしなくていいんじゃない? 僕らに何か言ってくるってことはないだろうし」

「そうだけど……」

「それに、その方が修学旅行では良いんじゃないかな」

「ええと、それはどういう意味で?」


 塔矢が言った意味がいまいち理解できず、桃香は聞き返した。


「自由行動のときもそうだけど、それ以外の時もみんなが知ってるなら……2人でいてもからかわれたりしないかなって」

「んー、そうかなぁ……? よくわかんないけど」

「まぁ、どっちにしても気にしなくていいんじゃない? あと半年ちょっとで、クラスのみんなとは別れることになるし」


 軽い口調で塔矢が笑う。

 ほとんどの同級生とは、卒業後はもう会うこともないのだ。

 そう考えると、周りのことを気にするよりも、2人で楽しむ方がいいと思った。


「うん。わかった。……といっても、私はもともと気にしないけど。周りが何言っても、基本関わらないから」

「桃香らしいなぁ。僕といるときはいつも可愛いのに」

「あはは。塔矢くんだけが特別なんだから」


 彼女は笑いながらストローに口をつけて、美味しそうにシェイクを飲んだ。


 ◆


 修学旅行初日の朝――。


「おはよう、塔矢くん」


 集合場所の校門前にみんなが集まっているなか、大きなボストンバッグを両手で持った桃香が塔矢を見つけて声をかけた。

 学校でということもあって、いつもの落ち着いた表情は崩していない。

 塔矢は軽く片手を上げて、彼女に近づく。


「おはよう、桃香」

「修学旅行、楽しみね。私、昨日はなかなか寝られなかったわ」

「僕は図太いからよく寝たよ」

「あら、いいこと。羨ましいわ」


 周りに見知った人がいるとき、彼女はいつも他所行きの話し方をする。

 よくここまで別人になれるものだと感心するが、彼女の内面はいつもと変わらないことを、もちろん塔矢は知っている。


「飛行機で寝ればいいよ。2時間以上かかるから」

「そうするわ。……でも、飛行機の中って寝られるようなものかしら?」

「桃香は飛行機初めてだったっけ?」

「ええ、そうなの。どんな感じなのかわからなくて」


 初めて乗る飛行機ということもあって、本当に寝られるのか心配だった。


「天気によって全然違うからなぁ……。でも飛行機の後もバス移動が多いから、休憩する時間はいくらでもあると思うよ」

「そうね。北海道って本当に広いから……」

「あ、バスが来たみたい。行こうか」

「ええ」


 校門前にバスが次々と到着したようで、周囲が賑やかになった。

 担任の高橋先生が点呼のために手を上げているのを見て、2人もその周囲に集まる。


 2人は並んでバスの座席に座る。

 いよいよ楽しみにしていた修学旅行が始まったのだ。


 ◆


『窓際で良かったね』


 飛行機が離陸してしばらくしたとき、不意に桃香は話しかけられた。

 もちろん塔矢からだ。

 彼はかなり離れたところの座席に座っているはずだ。

 事前に座席が決まっている飛行機では、都合よく隣同士にはならなかったが、こうして言葉が聞こえるのは嬉しい。

 ただ、返答できないのは少し残念に思う。


『もう少しで雲の上かな』


 今は上昇途中で、周りは真っ白で何も見えなかった。

 しばらく待っていると、ふっと窓の外が明るくなる。

 梅雨時期の雲の上に出て、一面広がる真っ白い雲海の上に、真っ青な青空が広がる光景は、桃香が初めて見るものだった。

 食い入るように窓に顔を向ける彼女は、自然と笑顔を浮かべていた。


『綺麗だよね』


 響く彼の言葉に小さく頷く。

 飛行機で寝ようと思っていたが、ついつい、いつまでも眺めてしまいそうだった。


『……僕にとっては、桃香が一番綺麗だし、可愛いけどね』


 桃香が外を眺めていると、急に照れたような声で塔矢が言う。

 不意を突かれた桃香は、顔が火照るのがわかって、顔を伏せた。


(もう……塔矢くんったら……)


 嬉しいとは思いつつ、こんな周りに人がいるところではやめてほしいとも思うし、複雑な気分だった。

 とはいえ、桃香に意識を向けている人がいるわけもなく、ありがたく喜んでおくことにした。


 そのとき――。


『ツギノ……エモノ……』


 塔矢の声ではない、別の何者かの言葉が桃香には聞こえた。

 しかし、いつもクリアに聞こえる塔矢の言葉と違い、雑音混じりのようで、はっきりとはしていなかった。


(エモノ……? 獲物……?)


 文になっていない単語それだけでは、いまいち意味が理解できない。

 塔矢が以前言ったように、ただ漏れただけの言葉が聞こえたのだろう。


 ただ、なぜか……どうしてもその言葉が気になって、頭から離れなかった。

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