第17話 ――返品は絶対ダメからね。

「やっぱり……自分で体験してみないとわからないね……」


 ベッドサイドに座り直した桃香は、彼に身体を預けながら呟いた。


「『百聞は一見にしかず』って言うけど、それでも見ただけじゃわからないこともいっぱいあるよね」

「うん。それと似てるけど、『鯛もひらめも食うた者が知る』って知ってる?」

「いや、初耳だよ」


 彼女の言ったことわざは、塔矢は初めて聞いたものだった。ただ、意味はなんとなくわかった。


「意味はそのままだけど……食べないと味はわからないってね」

「へぇ……。キスの味はちょっとわかった気がするよ」

「ん、私も……。塔矢くんが頭の中に話しかけてくる時とちょっと似てるかも。ゾクっとするところが……」


 桃香は「えへへ……」とはにかんだ。


「その感じはわからないけど……桃香とは色んなこと、これから経験していきたいな」

「ええと……それって私を食べて味を確かめちゃうぞ、って言ってる……?」

「あ、いや! 修学旅行とかでさ、2人で色々思い出作りたいって意味!」


 慌てて取り繕う塔矢に、桃香は笑った。


「あはは、そのうちね。それじゃ、その修学旅行の予定考えよっか?」

「そうだね」


 ◆


「んーっと。朝と夜が札幌だから……札幌にずっといるか、半分小樽に行くかのどっちかって感じかな?」


 学校で貰ったパンフレットと、買ってきたガイドブックを見ながら、塔矢が聞く。

 基本は札幌での自由行動となっていたが、あまり遠くない範囲なら移動してもかまわないということだった。とはいえ、行けるのはせいぜい小樽くらいまでだろう。


「電車で40分くらいかぁ……。往復するとちょっとロスが大きいけど、私は行ってみたいな、小樽にも」

「そうすると、午前中に小樽に行くとして……。どのくらいかかるのかな、回るのに……」

「本には3時間くらいは欲しいってあるね」


 小樽のページを開いて、観光スポットを眺めながら桃香が言う。


「そうすると、運河は外せないとして、ガラスの店とか歩く感じかな……。朝8時に札幌駅だから、9時に小樽に着くとしたら……ちょうど昼くらいまでになるね。少し早めに小樽で昼を食べるか、札幌に戻ってからか。有名どころだと海鮮かラーメンかって選択になりそうだけど……」

「それはすっごく悩む……」

「へー結構意外。海鮮って言うかと思ってた」


 考え込む桃香に、塔矢が言った。


「普通ならそうだけど……。それまでのホテルとかでも刺身とかは出るじゃない。でもラーメンは出ないと思うから……」

「なるほどね。確かにそう言う考えもあるか……」

「でも、ホテルの食事でそこまで良い物出ないかもしれないし……」

「……それじゃ、自由行動は3日目だから、それまでの食事見てから決めようか。どっちの選択になっても大丈夫なように計画しておけばいいんじゃない?」

「うん、それがいいと思う。……となると、小樽は駅近くで探しておかないといけないね……」


 桃香は塔矢の案に賛成しながら、店の目星をつけるべく、ガイドブックに視線を落とした。


 ◆


「こんなところだねっ」


 付箋がいっぱい貼られたガイドブックと、1日の行動計画が書き込まれたノートを見ながら、桃香は頷いた。

 午後の札幌は時間がいまいち読めなくて、最初に円山公園に行って、動物園と北海道神宮に。そのあとは大通りから時計台、時間が余れば商店街で土産物を見にいくという感じで、大まかな流れを決めた。


「そうだね。行ったことないから、どんな感じなのか楽しみになってきたよ」

「うん! 予定どおりいかないかもしれないけど、その時はもう一回2人で行けばいいよ」

「それって、2人で旅行に行くってこと?」


 塔矢が聞き返すと、少し恥ずかしそうにしながら桃香が答えた。


「うん……。ダメかな……?」

「いいんじゃない? 桃香の両親が許してくれるかわからないけど」

「今はそうかも。でも大学に入ったら下宿すると思うから……こっそり行けばバレないよ?」


 桃香は小悪魔のような笑顔を見せる。


「大学か……。そういえば聞いてなかったけど、桃香はどこの大学行くか決めてるの?」

「神職になるには階位ってのを取らないといけないんだけど、それが取れる神道系の大学って2つしかないから、そのどっちかかなぁ……」

「あ、そうか。後を継ぐってことか……」


 桃香の話を聞いて、塔矢は将来について考えていなかったことを反省する。


「今のところはね。……でも、塔矢くんと会ってから、ちょっと悩んでて。一人っ子だから、私が継ぐつもりだったんだけど……そうすると将来結婚するにしても、婿養子じゃないとダメで……。継がないって選択肢もあるんだけど、そうすると将来は誰か別の神職さんが代わりに来ることになるの」

「……そうなんだ」

「うん。でも代々継いできたのに、私がやらないってのは申し訳なくて……。弟がいれば悩まなくて済んだんだけど」


 不安そうな顔で桃香は思いを吐露した。


「えっと……。その悩みって、僕がここに婿養子にくれば解決するってこと……?」

「まぁ……そうなる……かな? でも……嫌だよね、普通……」


 だんだん泣きそうな顔になりながら、桃香がぽつりぽつりと漏らした。


 さっきまで修学旅行の予定を楽しそうに立てていたのに、そんな彼女が見ていられなくて、塔矢は思わず桃香を抱きしめていた。


「と、塔矢くん……⁉ 急にどうしたの……?」


 腕の中で戸惑う彼女の髪をそっと撫でて、その耳元で言う。


「まだ付き合ったばっかりだから絶対とは言えないけど……できるだけ桃香が悩まなくて済むようにしてあげたいと思う。だから心配しないで」


 彼の心遣いが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「うん……ありがとう。……今はそれで十分だよ。……塔矢くん、大好き」


 桃香はそっと目を閉じると、小さな声で呟いた。


 ◆


 落ち着いて笑顔に戻った桃香を見て、『そういえば』と思い出した。

 それに気づいて桃香が首を傾げた。


「塔矢くん、どうしたの?」

「勝手にノートを見たの、謝ってなかったと思って。悪かったよ……ごめん」


 そのことが完全に頭から抜け落ちていた桃香だったが、彼に言われて思い出すと、急に恥ずかしさが復活してきた。


「あ……っ! えっと、その……。できれば忘れて……欲しいんだけど……?」

「うん……そうしたいんだけど……。流石にちょっと忘れるのは無理……かな?」


 塔矢の返答に、桃香はがっくりと頭を落とした。

 そして覚悟を決めたのか、もう一度顔を上げると彼に言った。


「…………だよね。……はぁ。もう、過去は変えられないし。……バレちゃったけど、私は元々こんな女の子なの。学校では澄ました顔してるけど、本当は違うの。……もう塔矢くんには隠さないから」

「うん……知ってた。というか、知ったから好きになったんだと思う」


 塔矢の言葉に桃香は嬉しそうにしながらも、少し意地悪く言った。


「……こんな私が良いなんて、塔矢くんって物好きだよね。……ここまで私のこと教えたんだから、もう逃がさないからねっ。――返品は絶対ダメからね」


【第2章 あとがき】


 ついに桃香の趣味がバレてしまった!


 ……ところで、妄想癖がある女の子はお好きですか?

 自分は大好きです!

 俺も好きだぜ! って人は、同志です。

 さぁ、その勢いで★を3つほど入れてくれれば絆が深まりますよ(笑)


 ――さて、もう自分を隠さないことに決めた彼女。

 次章まるまる修学旅行編です。

 あー、自分もこんな修学旅行だったら楽しかっただろうなぁ……。

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