第11話 にしし……。

『塔矢くん、こんばんはー』


 夜になり、桃香から電話で話したいというメッセージが来て、それに「いいよ」と返すと、すぐに電話がかかってきた。


「こんばんは」

『あのね。今日のことだけど……結局、凛ちゃんにバレちゃってた。ノックする前に、覗いてたんだって』

「あ、僕も尋問されたよ。帰ってきてすぐ、嘘つきって言われた」

『あはは。2人とも嘘つき仲間だね』


 後から帰ってきた凛と顔を合わせた途端、ジト目で『お兄ちゃんの嘘つき』と言われたのだ。

 ただ、すぐに『……熊野先輩なら許すけどね』とも。


「そうだね。まぁ、そのうちバレるんだし、別にいいんじゃない?」

『うん。……でも私のファーストキスがお預けになっちゃった。明日事故でも起こって死んだりしたら、死にきれないよー』


 電話口から桃香の笑い声が聞こえてくる。


「えー。それじゃ、早めに卒業しないと地縛霊になるね」

『もしそのときはお父さんにお祓いしてもらうよー』

「そう言う手があったか。って、神職さんのお祓いってそんなのにも効くの?」

『あははー。効かないかも。祓うのは罪とか穢れだからねー』

「だよね。ところで……明日、帰りにどっか寄らない?」


 塔矢はもっと桃香と会いたくて、明日の予定を聞く。


『え、それってデートのお誘い?』

「そうだよ。……だめ?」

『……だめじゃない。うん、わかった、空けとく。……もともと平日はだいたい空いてるけどね』

「どこか希望ある?」

『んー……。カラオケとかどう? 塔矢くん歌える人?』


 彼女とならどこへ行っても楽しいのだろうが、希望があるかを聞いてみると、塔矢には意外な答えが返ってきた。


「普段はあんまり行かないけど、良いよ。それじゃそこで」

『わかった。楽しみだね。ところで……』


 そのあとも会話が弾んで、時間が経つのも忘れるほど楽しかった。


『あ、もうこんな時間……』


 時計を見たのか、桃香がポツリと漏らした。

 塔矢も時間を確認すると、もう0時を回っていた。


「本当だ。こんな長く電話したの初めてだよ」

『私も。塔矢くんと話してると楽しくて。そろそろ寝る?』

「うん。寝不足になると明日楽しめないし」

『わかった。それじゃ、おやすみなさい。……塔矢くん。す、好き……だよ』


 電話口からも、彼女が緊張して言ったのだとはっきりとわかる。

 今どんな表情をしているのかも、塔矢には予想できた。


 そして、今日こそはと思っていた桃香は、言い終わるとじっと彼の返事を待った。

 先日は恥ずかしくて『好き』と言う言葉を言えなかったのだ。


『うん……僕も桃香のこと好きだよ。それじゃ、おやすみ』


 スマートフォンから聞こえた彼の言葉が嬉しくて、桃香は枕を強く抱きしめた。


 ◆


「おい、今日の熊野さん、なんか雰囲気違わないか? 初めて見たぞ、あんなの……」


 休み時間、いつものように男子グループがくだらない話をしているとき、クラスメートの1人が桃香をチラっと見て言った。

 昨日は険しい顔をしていた彼女だったが、今日はうきうきとした表情が隠しきれておらず、頬が緩みっぱなしだった。


「ああ……。あんな笑顔の時もあるんだな……」

「本当にな。俺、声かけてみようかな……」


 ヒソヒソと話をしている男たちを横目に、塔矢は一歩引いてそれを見ていた。

 普段の桃香は美人ではあるが、声をかけにくい雰囲気がある。それが影を潜めた今日の彼女は、誰から見ても魅力的に見えた。


「やめとけ。熊野さんはアレだからな……」


 ただ、それでもやはり異能持ちというのは、声をかけるのを躊躇するに足る、十分な理由でもあった。

 ためらわずに声をかけられるのは、そのことを知らない者か、同じ異能症の者くらいだろう。


 桃香はそんな男たちの会話を他所に、妄想に励んでいた。


(今日は塔矢くんと初めてのデート……。カラオケで密室……。キスしたり、もしかしてあんなことやこんなことまで……)


 想像するだけでも、期待する気持ちが抑えられなくて、彼女はいよいよ机に顔を伏せた。


(ああー、早く放課後にならないかなー。にしし……)


 楽しみすぎて時間が長く感じてしまうのが辛いが、その時間を使って妄想する作戦だった。

 そのせいで顔が緩んでしまうのは、今の彼女にとって些細なことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る