第12話 思いっきり漏れてるんだけど。

「待った?」

「ううん、さっき来たところだよっ」


 待ち合わせは学校から少し離れたところにしていた。

 後から到着した塔矢が聞くと、桃香は満面の笑顔で首を横に振った。

 この笑顔だけで、大抵の男は落ちるだろうほどの威力がある。もちろん塔矢も例外ではない。


「……どうしたの?」


 桃香は何も言わない塔矢の顔を見つめていたが、突然ピクッとしたかと思うと顔を伏せた。


「……うん、私も好きだよ。……って、だからそういうのは、ちゃんと口で言って欲しい……かな」


 突然の彼からの『好き』という言葉に、照れながらも桃香は頷いた。


「ごめんごめん。まだ直接言うのは恥ずかしくて……」

「うー、ふたりっきりなら一緒だと思うんだけど……。それに、私からは口に出すしかないんだし……」


 ジト目で彼を見上げるが、嬉しくてすぐに笑顔に戻った。


「それにしても……塔矢くん、もう完全にコツを掴んでない?」

「そうかな……? だいたいこんな感じで思い浮かべたら伝わる、ってのはわかったかな」

「むー、悪用はしないでね? テストの答えはいくらでも教えてくれて良いけど」

「それを悪用っていうんじゃ……?」


 塔矢が指摘すると、桃香は「そうかもー」と笑った。


「それじゃ、行こっか」

「うんっ」


 それぞれ自転車に乗って、駅の近くのカラオケ店に向かう。


 店に着くと、受付の若い女性から声をかけられた。


「いらっしゃいませ。あら、今日はおふたりですか?」


 桃香の顔を知っているようで、首を傾げてふたりを見ながら、女性は笑顔を見せた。

 店に慣れているらしい桃香が口を開いた。


「えっと……はい、そうです」

「そうなんですね。プランはどうされます? いつものフリーで良いですか?」

「はい、とりあえずフリーにしておきます」

「わかりました。あと、カップル割がありますけど、付けておいても構わないですか?」

「はっ、はい。それでよろしく……お願いします」


 カップルという言葉に反応したのか、桃香が少し俯いて頷いた。


「あと、先に飲み物注文されますか?」

「んーっと、私はアイスティーで」

「僕は冷たい緑茶で」

「かしこまりました。それじゃ、部屋は103号室です。ごゆっくり」


 手渡された伝票を受け取った桃香に続いて、塔矢も部屋に入った。

 小さな個室のソファにふたりは並んで座る。


「桃香はここよく来るの?」

「うん。たまに1人で来るよ。……私友達いないしね。あはは……」

「歌うのは好きなんだ?」

「うん。……先入れていい?」

「いいよ。桃香の歌が聞きたいから」


 塔矢と肩が擦れ合うほど近くに座ったことで、桃香はドキドキしていた。

 早く歌って少しでも緊張をほぐしたいと思ったのだ。


 桃香がリモコンで曲を選んでいる間、塔矢はちらっと隣の彼女に視線を向けた。

 神社では後ろで束ねているが、今はストレートの長い黒髪が塔矢の肩にも触れている。

 彼女が少し動くたびにふわっと良い匂いがしてきて、くらくらした。


 少し下に目線を下げると、スカートから伸びる真っ白い脚が目に入り、つい触ってしまいたくなるのを塔矢はぐっと堪えた。


「……あのね、塔矢くん? ……心の声が思いっきり漏れてるんだけど」


 ふと、リモコンを操作する桃香の手が止まり、少し困った顔を向けた。

 今『桃香の足に触れたい』と思ったことが伝わってしまったことに、塔矢はごくりと唾を飲み込んだ。


「えっと……ごめん」


 塔矢が謝ると、桃香は小さく笑った。


「気にしなくていいよ。塔矢くんが悪いわけじゃなくて、わかっちゃうのは私の異能なんだから。……触ってくれても良いけど……それより先、順番があるよね?」


 桃香はまっすぐ彼に座り直して、少し上を向いて微笑む。

 その意図を理解した塔矢は、桃香の両肩に手を置いて、整った彼女の顔をじっと見つめた。


「桃香……好きだよ。……いいの?」

「うん。……私も好きだから」


 そして、彼女はそっと目を閉じた。


 桃香は待っている間、自分でも驚くほどに、心臓が跳ねるのを感じていた。

 ものすごく長い時間に感じた、そのとき――。


「――失礼します。ドリンクお持ちしました!」

「――――っ!!」


 突然ドアが開けられ、受付の女性が入ってきたことで、またしてもふたりはものすごい勢いで体を離した。

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