第13話 ……気をつけて。
結局、タイミングを逃してしまったことで、その後は交代でカラオケを始めた。
(なんでなんでなんで――! 毎回狙ったみたいに――っ!!)
とはいえ、歌いながらも桃香は乱入者に対してずっと愚痴を溢していた。
塔矢もびっくりしたために、そういう気分ではなくなってしまい、とりあえず桃香とカラオケを楽しむことにした。
それからずっと交代で歌っていたが、桃香は少し休憩にしようと思い、選曲の合間に塔矢に声をかける。
「……塔矢くんの選曲って渋いね」
「そ、そうかな……?」
塔矢は低めの声ということと、選曲が演歌だったり古めの歌を多く歌うことから、それが意外と似合っていると桃香は感じた。
「うん。でも私は塔矢くんの声は好き。趣味もそうだけど、今風じゃなくて」
「ありがとう。子供の頃から流行には疎くて……。桃香は最近の曲も知ってるんだね」
「とりあえず聞いてみてから、良かったら覚えるってくらいかなぁ」
桃香の選曲は、少し古めの曲から最新の曲まで幅広い。
ジャンルも激しいロックからバラードまで色々だった。
「でも、すごく歌が上手いから、びっくりしたよ」
彼女が歌っているときは、ついリモコンを操作する手を止めて聞き惚れてしまうほどだった。
「そ、そうかな……? ありがとう……」
褒められて照れる様子も可愛らしくて、塔矢はどんどん桃香に夢中になってしまうのを自覚する。
「うん。……普段は綺麗だけど、そういう照れてるところとかすごく可愛いし、好きだよ」
塔矢は素直に思っていることを口にした。同じことを頭の中でも思い浮かべながら。
それを聞いた桃香は、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
「あうぅ……塔矢くん……。それは……卑怯だよ。口でって言ったの私だけど、まさか両方で言うなんて。……もう我慢できるわけ……ないじゃない」
彼の言葉を耳で聞きながら、直接頭の中からも聞いて、桃香の胸は破裂しそうなほど高鳴っていた。
これまで2度もギリギリで邪魔が入ったこともあって、もう我慢の限界だった。
彼女はぐいと塔矢に身体を寄せて、彼の首に手を回す。
「……大好き」
そして、小さな声で一言呟いて、桃香は塔矢にしがみつくように……唇を重ねた。
息が続かないほど長い口付けのあと、そっと唇を離した桃香は、うっすらと涙を浮かべていた。
「……これ、私の初めてだから。もう塔矢くん以外にはあげられなくなっちゃったよ?」
「桃香……」
「えへへ……地縛霊になる前に経験できた……かな」
塔矢は照れ笑いする彼女の背中に腕を回し、しっかりと彼女を抱きしめた。
彼女の鼓動の早さが制服越しにも伝わってくる。
「うん……嬉しい。塔矢くんの言葉がすごく伝わってくるよ……。私も大好き……」
◆
「ありがとうございました」
カラオケを終えた2人は、受付の女性に見送られながら店をあとにした。
心なしか、女性が含み笑いをしていたような気がしたのは気のせいだろうかと、塔矢は思った。
「……カラオケって、部屋に監視カメラあるから、たぶん丸見え」
ぽつりと桃香が呟く。
あれから彼女はずっと上の空のような感じで、歌にもあまり力が入ってないように感じた。
もちろん、それでも上手いことには変わりはなかったのだけれど。
「え、そうなんだ……。知らなかった」
「あはは。まぁ、見られてたってしても、過去は変わらないから。……未来は変わるかもしれないけどね」
「そうだね。僕はずっと桃香といられる未来がいいな」
「私も……そうなると良いなって、いつもいつも思ってるよ」
はにかんだ笑顔で、桃香は大きく頷いた。
――プルルルル!
そのとき、急に塔矢のスマートフォンの着信音が鳴った。
「ん、なんだろ?」
画面を見ても、知らない番号だった。ただ、市外局番からすると、同じ地区に思えた。
塔矢は訝しむようにしながらも、電話を取った。
「はい、もしもし……? ――え? あ、はい。そうですけど……。はい……はい……わかりました。すぐ行きます」
電話の途中から、どんどん険しい表情になる彼を、桃香は心配そうに見ていた。
「……何かあったの?」
「うん……。凛が学校で倒れて、救急車で運ばれたらしい」
「えっ……! 大丈夫なの⁉」
昨日まで元気そうだった彼女に何があったのかと、心配になる。
「わからない。息はあるけど意識はないみたい。……学校の近くの病院みたいだから、僕は今から行くよ」
「わ、私も行く!」
「遅くなるよ? 桃香は家が遠いんだし……。あとで連絡するから」
塔矢はそう言って、心配そうにする桃香を残して自転車に乗った。
「……心配しないで。今日は楽しかったよ。それじゃ、また」
「うん。……気をつけて」
凛のことは心配だが、家族でもないし、自分が行っても何かできるわけでもない。
そう思って、桃香は塔矢を見送った。
◆
「……原因はわかりません。ただ、外傷がなく、脳にも異常はありませんので、じきに回復すると思われます」
塔矢が病院に着くと、凛は目を閉じたまま、ベッドに寝かされていた。
意識はないが、息の乱れなどもなく、ただ寝ているだけのように見えた。
凛のクラス担任の若い女性の先生――確か吉村先生と言ったか――と待合室で話を聞いた。救急車に付き添ってくれたという。
「中村さんは廊下で1人倒れているのを、部活帰りの生徒が見つけてくれました。ですので、倒れたところを見た人はいません」
吉村先生は、心配そうにしながら塔矢に話した。
「そうですか。ありがとうございます」
「じきにご両親も来られるはずです。それまでわたしもここにいるつもりです」
「先生はお忙しいでしょう? 僕がついてますから大丈夫です」
塔矢が言うが、先生は首を振った。
「保護者の方に引き継ぐまでがわたしのお仕事ですから。……ところで、中村さんには何か持病などあったのでしょうか?」
「いえ、こんなのは初めてです。いつも元気が取り柄でしたから」
「そう……なんですね」
吉村先生が心配そうに呟く様子を見て、塔矢は「良い先生だな……」と感じた。
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