第14話 上手くなりすぎだよっ!

「とりあえず怪我とかはなかったみたい。でもまだ意識は戻ってないんだ」


 塔矢は夜に両親が病院に来たところで、翌日も学校があることから先に自宅に帰った。

 1人で食事を済ませたあと、桃香に電話をしていた。


『そう……。大丈夫かな。こんなこと、前にもあったりしたの?』

「いや、初めてだよ。凛はずっと元気だったから」

『大事にならなければ良いんだけど……』

「病院の先生は、そのうち回復するだろうって。なんにしても、今は待つことしかできないし」


 怪我も病気も見つからないということは、治療するようなこともなく、ただ寝ているだけだった。


『そうだよね。……しばらくは入院になりそう?』

「うん。すぐ意識が戻っても数日は様子見らしい。戻らなけば、長引くかも……」

『大変だね……。私に手伝えることあったらなんでも言ってね』

「ありがとう。今のところは大丈夫。……まだお風呂入ってないから、今日はそろそろ切るね。ごめん」


 桃香とはもっと話がしたいと思いながらも、両親が帰ってくるまでに色々済ませておかないといけないこともあった。


『うん、電話くれてありがとう。今日の初デート楽しかったよ。また行こうね』

「僕もだよ。地縛霊にもならずに済んだしね」

『あはは。それはまだわからないよ? 塔矢くんとやりたいこと、まだまだいっぱいあるんだから。……それじゃ、また明日』

「うん。おやすみ」


 ◆


 翌日、心配しながらも塔矢はいつも通り出席した。


 3時間目が終わった休み時間にスマートフォンを確認すると、1通のメッセージが届いていた。それは母からだった。


『凛が目を覚ましたみたい。元気そうだから心配しないで』


 それを見て安堵しつつ、桃香にも伝えようと、メッセージを書き始めて……手を止めた。

 どうせなら直接話すほうが良いかと思って、自席に座っている桃香に意識を向ける。


『桃香、ちょっと良いかな? 凛のことだけど』


 それを頭の中でしっかりと呟くと、彼女はちらっと塔矢の方を見て、小さく頷いた。

 すぐに塔矢がトイレに行くふりをして教室を出ると、少し遅れて桃香も出てくる。


 教室から少し離れた目立たないところで、桃香は塔矢の背中に声をかけた。


「どうしたの? 急に……」

「うん、凛が目を覚ましたって。大丈夫そうだから心配しなくて良いよって伝えたくて」


 塔矢が振り返って答えると、桃香は安堵した表情を浮かべた。


「よかった。教えてくれてありがとう。塔矢くん放課後にお見舞い行く?」

「そのつもり。桃香も行く?」

「うん。一緒に行く」


 桃香は小さく頷いた。

 そんな彼女に塔矢は一言「じゃ、放課後に」と言って、トイレに向かった。


 ◆


『それじゃ、学校出たところの店の前で待ってるから』


 塔矢の声に、桃香は無言で頷く。

 もうそれが当たり前かのように、彼は軽々と桃香の頭に話しかけてくるようになっていた。


 桃香が自転車に乗って学校を出ると、すぐ近くの文具店の前で塔矢を見つけた。


「おまたせー」


 そう言って桃香は学校での表情を解いて、笑顔を見せた。


「それじゃ、行こうか」

「うん」


 先に自転車を走らせる塔矢に、桃香は付いていく。

 学校から近い病院だと聞いていたので、おおよその場所は分かっていた。


 程なく病院に着くと、2人は自転車を置く。


「あ、そうだ。塔矢くん、なんか前より更に上手になってない? 私に話しかけるの……」


 疑問に思っていたことを桃香が聞いた。

 以前は『可愛い』とか『好き』などの比較的短い言葉が多かったのに、今は普通に話しかけてくるのと変わらない、長い言葉でもクリアに伝わるようになってきていた。


「そうかな? 慣れてきたってのもあるかも」

「それに、これまで誰の声でもたまにしか聞こえなかったのに、なんでこんなに狙ったように……」


 それが桃香にとっても不思議だった。

 長いときは1ヶ月もの間、全く聞こえてこなかったときもあるのだ。


「うーん、よくわからないけど、やっぱりそう狙ってるからじゃないかな? 僕は桃香に向けて伝えようとしてるけど、他の人はたぶんそんなつもりじゃなくて、ただ思ったことが漏れてるだけなんだと思う」

「漏れてる……?」

「だからたぶん、自分に向けられた言葉じゃないものは聞こえにくいんじゃないかな? 普通に話しててもそうだと思うし」

「そう言われてみると、そうかも……」


 真偽は分からないが、塔矢の話にも一理あると、桃香は思った。

 自分に顔を向けて話しかけられた言葉は聞き取りやすいが、そうじゃないものは聞き取りにくいと、そういうのに近いのだろうか。


『だから、桃香の異能を知ってる僕しか、こういうのはできないんじゃないかなって』


 今度は口を開かずに、塔矢は言った。

 面と向かっていることもあってか、桃香の頭の中に違和感なくすーっと言葉が入ってくる。


「もう……。だから上手くなりすぎだよっ!」


 困ったような顔をする桃香に、塔矢が言う。


「嫌だったら、できるだけやらないようにするけど……?」

「……ううん、嫌じゃないよ。塔矢くんだけが特別なんだって実感できるから。……でもTPOは考えて欲しいなぁ」

「分かってるよ。それじゃ、入ろうか」

「うん」


 塔矢に促され、ふたりは病院に入って、凛のいる病室に向かった。

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