第6話 ……絶対あの人。間違いない。

「中村くんの……って、えええっ⁉」


 桃香は二重の意味で驚いて、びっくりした声を出したが、自分で慌てて口を塞いだ。

 ひとつは塔矢の異能がどんなものなのかを彼が話してくれたこと。異能の詳細は、身内以外に話すことなどあまり聞かないからだ。

 そしてもうひとつは、彼の言った内容そのものに対してだ。


「うん……どのくらい先なのかはわからないけど、今まではせいぜい30分以内のことみたいだったよ」

「こんなところで? 30分以内? ……ちょっと信じられないけど……それにどうして私に異能のことを?」


 頭が混乱したままの桃香は、矢継ぎ早に小声で塔矢に尋ねる。


「それは……もしかしたら、熊野さんも巻き込まれることかもしれないし、同じ異能持ちならびっくりしたりしないかなって」

「異能はそうだけど……内容にはびっくりだよ。……誰がとかはわからないの?」

「あまりはっきりとはわからないんだ。……光るナイフと飛び散る血と……くらいしか視えなかった」


 塔矢は頭の中に視えたイメージを思い出しながら、桃香に伝えた。


「そう……なのね。……未来のことって、変えられるの?」


 彼女の疑問は、視えた未来に対して何か干渉して変えることができるのか、ということだった。


「……絶対とはいえないけど、変えられる。まだ起こってないことだからね」


 それに対して塔矢は、今までの経験からはっきりと言い切った。


「こんなところで誰か刺されるなんて嫌だけど……どうにかする方法ってあるの?」

「わからない。……僕らはこのあと饅頭を買って帰るだけだったと思うけど、それをしないだけでも変わる可能性はあるし……」

「ってことは、しばらく様子見するってこと?」


 桃香の疑問に、塔矢はしばらく考えてから首を振った。


「いや……多分だけど……。ここでってことは、僕らが帰ってからのことなんだと思う。だから、刺されるのは僕らじゃない。……そうすると、僕らがここにずっといたら、その誰かは行動に移さないかもしれないけど、時間が変わるだけかもしれない」

「……時間が変わる?」

「うん。普通に考えたら、邪魔が入りそうなら、その時はやめて後でまた来るかもねって」


 塔矢の話に、桃香は分かったようなわからないような表情を見せた。


「良くわからないけど……それじゃ、帰ったふりをして近くで様子を見るのが良いのかな?」

「そうなるかな。……それが正解かは、僕にもわからないけど」

「でも何もしなかったら、視えた未来そのままになるんでしょ?」

「たぶん……」

「なら、やるしかないよ。絶対に防がないと!」


 真剣な顔をして訴える桃香の目を、塔矢はまっすぐに見る。

 学校では周りにあまり関わらず、どちらかというと冷たく見えてしまう彼女だが、きっと本来の彼女はこんな心優しい性格だったのだろう。

 塔矢はそう思いながら、何かあっても自分が彼女を守ろうと覚悟を決めた。


「僕に全部任せて。……だから、熊野さんは絶対出てこないでね。ナイフ持った相手なんて、どうにもならないから」

「うん。すぐ警察呼ぶ」


 彼女は頷くと、ベンチから立ち上がって、奥にいる陽子おばさんに声をかけた。


「陽子おばさん、それじゃ1箱買って帰るね。ごちそうさま」

「あら、早いのね。もっとゆっくりしていってもいいのに」

「ううん、これからも忙しいから。また来るね」


 言いながら桃香は饅頭の箱を受け取り、代金を手渡した。

 続いて塔矢も同じものを買う。


「また来てね」

「はい。ごちそうさまでした」


 陽子おばさんがにこやかに手を振るのに対して、塔矢も礼をして店を出た。


 本来ならば2人はここで別れて帰路につくはずだったが、店から少し離れたところの路地に入って、店の方を注視する。

 塔矢が真剣な目をしている後ろで、ふと桃香は彼の背中を見た。


(……もし、ここで私たちが襲われたら、『熊野さんは僕が守る!』とか言ってくれるかな……? って、こんな時に何考えてるの、私……)


 つい別のことを考えてしまった桃香は、頭を振って煩悩を振り払うと、改めて店の方を見た。

 まだ、誰もいない。


「……本当に起こるの?」

「うん。今まで外れたことは一度もないから……」


 彼女の疑問に、塔矢は自信を持って頷いた。

 時折通りがかる人はいるが、事件などが起こる気配はなかった。


 ――そして、もう少しで30分経とうかと思った頃だった。


『――サトミハ、オレノモノダ――』


 突然、頭の中に誰かの心の言葉が流れ込んできて、桃香ははっと顔を上げた。

 これほどはっきりと聞こえたのは、塔矢からの言葉を聞いた時以来だった。


 慌てて桃香が周りを見回すと、目前を黒い軽乗用車が通過し――春木家の横に停車した。

 そして、中から出てきたのは30歳ほどの男だった。

 桃香は一目見て、先ほどの声の主がその男だと直感した。


「中村くん……絶対あの人。間違いない」

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