第16話


その晩。

酒に酔った二人はベッドの中で一夜を過ごしていた。

二度の過ち、二度の快楽。

しかし、二度目程の罪悪感は無い。

互いが互いを、それが当たり前の様に感じてしまっている。

肉体の関係でありながら、それが普通の様に感じてしまう。


「…あー」


酔いが醒めた頃合い。

互いは目を開けていた為に会話の余裕があった。


「…なあ」


狗神仁郎は、嬬恋のれんに向けて言う。


「…結婚するか?」


仕事の時よりかは大人しい彼女は呆然と狗神仁郎を見ている。

それなりの責任を取ろうとしているのだろう。


「そうだな…うん、じゃあ…旦那」


取り合えず、呼び方を変えてみる。

旦那を、狗神仁郎を呼ぶ。


「…おう」


狗神仁郎は、彼女の消え入る言葉を受け止める。

文字通り、彼女の体を抱き寄せて、その体を抱き締めた。

自然と、そうなる事が決まっているかの様に。

嬬恋のれんと、狗神仁郎は婚約したのだった。














奈落迦では、鬼眼衆の報告によって、一人の男が大粒の涙を流していた。

その無様な姿は、人目を気にせず、子供の様に泣きじゃくっている。

両手で目を覆いながら、その傷だらけの男は咽び泣いていた。


「オォ…オォッ!呉が…、呉嶺玄が倒されてしまったァ!!」


戦闘狂である呉嶺玄。

その男が属していたとされる組織。

戮骸戰尽りくがいせんじん』。

この男は、全ての非生が、この組織に属する理由となった傑物。

武人にして狂人、そんな男が、悔しそうに泣いていた。


「だ、れが…誰がァ!殺しやがった!お、俺たちの仲間をぉ!」


涙と鼻水をだらだらと垂れ流し、地面に倒れて拳を何度も叩き付ける。

それだけで、大地が震撼していた。

天を仰ぎ、空に浮かぶ星空を、傷だらけの男は呉嶺玄の顔を思い浮かべる。


「呉ぇ〜ッ!俺以外に殺されて、さぞ悔しかろう!俺も同じだッ!お前を倒すのは俺だと思ってたのにィ!これじゃあ俺の想いが浮かばれねェ!うおォんッ!!」


空を抱き締める仕草を行う。

切磋琢磨、仲間として強敵として互いを高め合った掛け替えの無い存在。

何れ、この『最強』を倒す事が出来ず逸材が、他の人間に倒されてしまったと言う事実。

しかし、そう考えると、次第に哀しみと言う感情が薄れていく。

あの、呉嶺玄を倒した存在が、奈落迦に居るのだ。


「…だけど、よお、呉嶺玄を倒した奴ってのは、どれ程強いんだろうなあ?…アイツの事だ、きっと全力で戦ったに決まってる、なのに負けたって事は…余程強かったんだろうなァ…」


涙が次第に引いていく。

哀しみによって歪んだ唇が、次第に、悦びによって唇が歪み出した。

心の底から、喜楽と言う感情が、我が身を支配し出した。


「どんな相手だ?顔は?性別は?声は?性格は?…考えれば考える程に、ぉお…、おおッ!ワクワクして来たぞォ…ッ!!」


弛緩した体が次第に強張る。

背中に突き刺された数々の刃が、筋肉の引き締まりによって抜けていく。

その刃は、男が哀しみに明け暮れた事で


「そうだよなぁ、みんなァ!呉嶺玄を倒した奴、倒してェよなァ?!」


後ろを振り向く。

皆、武器を構えて男を見ている。

まだ、哀しみ程度では、この男を致命傷に至らしめる事すら出来ない。

それどころか、攻撃をしたと言う事実すら認識されていない。

首を狙い、斬った筈なのに、筋肉が刃を埋め、刀が折れた。

その柄と半分になった刀身を持ちながらも、者共は男の言葉に声を揃える。


「「「おうッ!!」」」


殺せないのならば仕方が無い。

気持ちを切り替えて、組織の王の意見に賛成する。

それは、戦う事が大好きな奴らの本心でもあった。


「オッヒョ!!もう我慢出来ねえ!!待ってろよ、今から仇をとってやるからなァ!」


周辺は岩石で覆われている。

空は穴が開いた砦、岩壁に向かうと共に、蹴り一つで壁を崩壊する。


「俺たちのワクワクは止まらねェ!」


そのまま地面を跳躍し。

空に向けて大の字になりながら…戮骸戰尽の王はそう叫んだ。

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酒の勢いで一夜を過ごした系ヒロインに愛されて仕方がない 三流木青二斎無一門 @itisyou

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