第15話



「まあ待て…ちょいと水を取って来る」


嬬恋のれんの部屋に連れて来られた狗神仁郎。

先程仕事が終わったので、今後の話をする為にやって来たのだ。

今後の話、どの様な関係になるのか、狗神仁郎にとっても大事な展開だった。


「ふぅ…まあ取り合えず…」


カシュ、と音を鳴らしながら持ってきたのはミネラルウォーターでは無く酒缶だった。

度数は低いジュースの様な飲み物だが、アルコールが入っている事には変わりない。

唇を冷たいアルミ缶に触れて飲もうとしていた。


「流れる様にアルコールを摂取するんじゃないよ」


狗神仁郎が彼女の動く手を指摘しながらそう言うと、嬬恋のれんは眉を顰めた。

一体、何を言っているのだろうか、この男は、と言いたげな不信感を抱いていたが、自分が持っている酒缶を見つめて驚きの声を上げる。


「あっ…ぶねッ」


「水を持ってくるって言って酒缶は選ばないだろ」


ミネラルウォーターが入ってるのはペットボトル。

チューハイはアルミ缶である。


形状、触感、先ず其処からして間違える要素が無い。


「あたしは酒を飲むのが趣味なんだよ」

「そういや仕事中も酒飲まなかったな…うわ」

「そう考えると、か、体が…アルコールを欲してるっ」


ぶるぶると身震いをする嬬恋のれん。

そっと、狗神仁郎に酒缶を渡す。


「これは…お前が飲め」


「はあ?」


テーブルの前に差し出された酒缶。

口には付けたが、まだ一口も飲んでいない。


「いや、俺は酒は飲まない…二度も過ちは繰り返す気は無いからな」


「じゃあ、このアルコールは何処に行けば良いんだよ」


嬬恋のれんは怒りながら酒缶の末路を聞く。

そんな事は狗神仁郎の知った事では無い。


「捨てれば良いだろ」


「お前、全世界のアルコールに飢えた人間の前でもう一度言ってみろ」


「アル中じゃねぇかよ」


食事に飢えた人間の前で食べ物を捨てれば良いとは言い難い。

だが、アルコールに飢えた人間はそれはアルコール中毒者だ。

むしろ目の前で捨てる自信すらある。


「頼むから飲んでくれ、アルコールの蓋が開いてる事実でどうしても手が出ちまいそうなんだよ」


指先が震えている嬬恋のれんの姿を見て狗神仁郎はこの女もアル中だと思った。


「…はあ、仕方がねぇ、分かった、分かりましたよ」


渋々狗神仁郎は酒缶を口に付ける。

このままでは延々と話が進まないと思った為だ。

酒を飲んだ狗神仁郎を見る嬬恋のれん。


「さて…あたしは水道水の水でも飲むか…」


「ふぅ…、ミネラルウォーターは?」


狗神仁郎は冷蔵庫の中に常備しているのではないのかと言った。


「冷蔵庫の中に酒が山ほどあるんだよ」

「また間違えて取っちまいそうだ」


だから、仕方が無く水道水で喉の渇きを癒そうとしたらしい。

狗神仁郎は、酒缶を飲みながら嬬恋のれんを待つ。


水道水の蛇口を捻り、水が流れる音。

カップに水を注ぐ音が聞こえると、蛇口を締める。

そして、嬬恋のれんがやって来た。

手には茶色の瓶酒を握っている。


「おい…」


狗神仁郎は思わず立ち上がる。

嬬恋のれんは狗神仁郎など忘れて、真顔で瓶酒に口を付けて、一気にアルコールを流し込んでいた。


「おいおいッ!」


狗神仁郎が嬬恋のれんに近づく。

口を離して、アルコールの乗った息を吐いた。


「ぷはぁ!っかーッ生き返るぅ!」


「さっきのやり取りが台無しじゃねぇかよ、姉御ォ!」


顔を赤くしながら上機嫌な嬬恋のれん。


「あぁ?!うるせぇな誰に向かって口効いてんだ」


「うっわ、こりゃダメな流れだ」


即座に逃げる選択肢が脳裏に浮かぶ。

その場から逃げ出そうとする狗神仁郎の首根っこを掴む嬬恋のれん。


「おいおい待てやこの野郎、あたしを目の前にして逃げられると思ってんのか?あぁん?!」


「酒に逃げた奴が偉そうに言ってんじゃねえッ」


「いいから先ず飲めや!飲んで吐くまで帰さねぇぞぉ!きゃひゃひゃッ!!」


そう叫び、狗神仁郎は嬬恋のれんの酒癖の悪さに付き合う事となった。

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