第8話

しかし、何時までも安全に話をしている場合ではない。

狗神仁郎は、即座に気配を感じ取った。

ここは大迷宮・『奈落迦』。

その周囲には、当然、劫傀が存在する。


狗神仁郎の視線には、巨大な顔面をした生物が居た。

赤い肌をした鬼の顔。

それは正しく、この迷宮にて出現する人食いの鬼。

姿を認識すると同時に、狗神仁郎は戦闘態勢に移る。


「っ、嬬恋さん、馬鹿話は後回しだ」

「劫傀が迫ってる!」


背中の腰ベルトに挿していた禍遺物を取り出す。

呪詛を貯め込んだ禍遺物。

超常を超える異能を宿すと共に、我が身を呪う呪詛を持つ。

使用すればするほどに、肉体に呪いが巡る道具。

それを、狗神仁郎は所持した。

形状は錆の付いた金槌。

名称は『赫怒鎚いかづち』。

その効果は絶大であるが、人食い鬼に通用するか。


「話を逸らすんじゃねぇ!」

「重要な話をしてんだよ!」


再び、嬬恋のれんは狗神仁郎の襟首を掴んだ。

完全に痴話であり、それに対して狗神仁郎は叫ぶ。


「こっちは命の話をしてんだよ!」

「クソっ、退いてくれ!」


無理矢理手を離そうとする。

今にでも、大鬼が巨大な雄叫びと共に接近する。

廊下を駆ける人食い鬼。

嬬恋のれんは変わらず狗神仁郎に顔を向けていた。

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