第一章 金文使い三 賞金稼ぎ

 跳躍した饕餮とうてつの腹の下を素早くかいくぐり、振り向きざまに青年は外套の内側から何かを取り出した。

 はじめから手にしていたのとよく似ているが、形の微妙に異なる金属板だ。大きさと縁の具合、色味もわずかに違っている。近寄れば、何よりも表面に刻まれた紋様が異なっているのに気付いただろう。

 青年は左手で重ね持った金属板に右手をかざした。すると仄かに板が光を浮かべた。

 瞬間、饕餮が動きを止めて固まり、一歩だけ後ろへ下がった。獣が怯える仕草だ。

 その間に青年の指は琴をかき鳴らすように動いた。青年の指の動きは速すぎて見えないほどだったが、板の指が触れた場所がめまぐるしく光った。板に刻まれた紋様が、青年の指の触れた順序で次々に光っているのに違いなかった。

 饕餮の姿が。動いたのではなく、A地点から、わずかに離れたB地点へ、文字どおりずれたのだ。

 奇妙だった。現実にはあり得ない動作だった。化け物は、特徴的な渦巻きの流れだけをそのままに、全体は微動だにせず、まるで空間に引っ掛かった止め絵に変じたかのように凍りついてしまった。


「すごい。饕餮を仕留めた」


 尋炉が小声で言った。張県令はごくりと空唾を飲んだ。

 それから先は、退治というよりは整理整頓、お片付けと表現したほうがしっくりくる作業だった。

 獣の動きを封じたので、青年は先程よりも落ち着いていた。ただし彼の指は常に素早く一定の速度で動いた。指に応じて金属板が光り、光に応じて獣の様子が次から次へと、からくり仕掛けのように変幻した。

 化け物の体に碁盤の目状の整然とした縦横の直線が入る。線は前面だけでなく、奥行き方向にもくまなく整然と刻まれてゆく。

 青年が人差し指をぽんと鳴らして金属板を打つと、線を境に饕餮の体がばらばらに離れ、無数の方形に分断された。

 隙間が生じたため、全体としては瞬時にして膨張したように見える。


 また青年がぽんと指を打つと、方形の一つ一つがパタパタと折り畳まれ、結果、今度は急激に収縮していった。表面に浮いている黒い文字を巻き込みながら、パタパタ、パタパタ……と、面白いように折り畳まれてゆき、内へ内へと小さくなっていった。

 最終的には掌ほどの小さな一個の立方体になり、それも何もない空間の中へとパタリと畳まれた。

 饕餮は跡形もなく消え去り、青年の前には何もない静かな空間だけが残った。

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