第一章 金文使い一 文字の化け物

 この世界のどこかに、文字の墓場はあるという。


 墓場があるということは、文字もいずれ死ぬということだろう。摩耗し、腐食し、修復不能な変性ののちに迎える文字の死。生物が必ずその道を辿るように、文字もやがて避けようのない自己の終焉に行き着く。


 死に至る過程は醜悪なものだ。ぶよぶよと膨れ上がり、或いは枯れ木のように痩せ細り、精緻な生の営みのシステムは失われ、乾いてひび割れ、内から腐敗し、悪臭を放ち、広がった黒い斑点のしみに喰い尽くされてしまう。骸は爛れ、蛆がわいて蠢き、表面から潰れてちりぢりに砕け、ついには残骸の芯だけを残して大気に霧散し、土に溶け出し地の底に吸い込まれる。


 青年の対峙する獣は文字の骸そのものだった。黒く禍々しく、自分自身を支えきれないのか、背は陥没して胴体のところどころが垂れ下がっている。全体としては縁の霞んだぼやけた大きな塊で、嵐のようにうねって渦巻いている。特に眼に相当する部分の上、額の左右には、はっきりと区別できる渦が二箇所描かれ、常に内へ向かって回り続けていた。あるのかないのかわからない皮膚の上に無数の羽虫がたかっているようだ。だがよく目を凝らせば、輪郭のかすみを作りだす集合の羽虫と思えた黒い粒子が、すべて不完全な文字であることが見て取れる。まともなものは探せそうにない。

 壊れた文字の断片は一つとして読むことができない。

饕餮とうてつ……か。こいつは少しやっかいかもな」

 青年は低い声で独りごち、化け物との間合いをはかってじりじりと地面を踏みしめた。

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