七十八輪目
距離があるので聞こえなかったフリして帰ればよかったと思うのだが、どうやらそうはいかないようで。
でかいため息をついた冬華が重い足取りで向かうので、少し後ろを歩いてついていく。
こういった時、アニメだとシーンが切り替わるわけだけど。
当たり前だが現実はそんなわけにはいかない。
なんで移動中にこんなことをふと思ったか。
それはこちらに声をかけてきた、ヤることヤっていた男性が海パンを履いている姿を見ているからである。
通す穴に足が少し引っかかって身体がよろけているのとか、あるあるすぎる事だが描写されることってあまり無いよな。なんて。
少し仕事を懐かしく思うようなことを考えながら歩いていれば、あっという間であった。
「……久しぶり」
「久しぶり。彼は?」
「あ、桜優です。冬華の、えっと……」
「私のパートナー。こっちは樋之口
「よろしく」
「あ、はい」
冬華が嫌そうな顔をしていたためどんな人なんだろうと思っていたが、こうして話してみたら意外というか普通に好青年では?
逆に自分のコミュ障な部分が出てきて情けなくなっている。
肌の色も向こうは健康的に焼けているのに、コチラは蛍光灯で育った白。
引き締まっている身体に対し、程よくだらしない身体。
うーん、側から見て誰もが思う陽と陰である。
そういえば先ほどまで冬華は嫌そうにしていたと思うけど、今はそうでも無い。
本人を目の前にして感情を表に出していないだけ……って感じでもなさそうな。
「……一人?」
「ああ。あいつが外に出てくるなんて殆どないからね」
未だ昂ったままの色っぽい女性がいるのにと思ったけど、たぶん誰か別の人のことを話している。
その人と樋之口さんがよく一緒にいるから近づきたくなかったのか。
会いたくない人が居ないと分かってか、冬華から余計な力が抜けたのを感じる。
「それにしても、あの冬華にようやくパートナーが出来たのか」
「まあ、当然の結果よ」
「よく言うよ。だいぶギリギリじゃないか」
「うぐ……」
「外にいた人で樋之口っぽいなんてね。希少なんじゃない? 逃しちゃだめだよ」
樋之口、っぽい……?
久しぶりに会う家族の時間を邪魔するわけにもいかないため、ボーッと綺麗な景色を眺めていたが。
少し気になって反応してしまった。
「あれ、聞いたこと無い?」
「そりゃそうよね。樋之口のことも知らなかったぐらいだし」
「そうなんだ。周りにも居なかったのかな」
なんでも、男性というだけで甘やかされて育てられるため、横柄で傲慢な性格になる人が殆どだそう。
だけど樋之口家ではそこらへんを厳しく躾けられているらしく、前の世界では当たり前のように居た女性に対して、というよりは人に対して礼儀正しく育てられるとのこと。
それに当てはまる人のことを『樋之口っぽい』と言うそうな。
「百貨店なんか行くと子供みたいに我儘言っているのをたまに見かけるけど」
「それ、嫌になったりしないんですか?」
「あんなでも男だからね。それに我儘言う男性に母性がくすぐられる、みたいな話を聞いたことがあるかな」
「私みたいに嫌だと思う人もいるけど……ランクが高いと、ね?」
ランク、とまた聞きたいことが増えてしまった。
前に夏月さんと話した時、聞いたような気がするけどあまり記憶に残っていない。
一夫多妻に全部持ってかれた覚えがある。
「そのランクって──」
「あれぇ、冬華ちゃんじゃん」
自分の質問は、嫌に耳に残るような声で消されてしまった。
物凄く嫌そうな顔をしている冬華から、声のした方へ目を向ければ。
『私、インフルエンサーですけど?』みたいな感じで側から見ても分かるほど自信満々な女性と、豚がいた。
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