五十九輪目

 俺は今、何をするわけでもなくソファーへ横たわり、ボーッとしていた。

 平日の昼間からこのようなことをしている優越感と虚無感を味わっている。


 昨夜、上司からメールが来ていたので開いてみれば、明日に話があるから出社して欲しい。とのこと。


 何の話だろうかと内心ドキドキしながら久しぶりの会社に向かい、話とやらを聞けば。

 俺が体調を崩したことによって色々と問題が生じたとか。


 作業スケジュール的には問題ないらしいのだが、男である俺を酷使しているのでは、といった注意が会社にあったらしい。


 今月の残り数日……というより、今日の昼から明日は休みになった。

 七月以降についてはまだ調整中で、午後のどこかで連絡があるらしい。


 本来ならば自主的に絵を描いて上達を目指すべきなのだが、やる気が全くといっていいほど起きない。

 なんだか全てがどうでもよくなってしまった。


 正直なところ働かなくても生きていけるのだが、この世界観になった原因が分からないため。

 また急に元に戻るかもしれないし、もしそうなった時は困ってしまう。




 昼の時間はとうに過ぎており、お腹が空いてきた。

 夏月さんは仕事でいないため、お湯を沸かして適当に済ますかと身体を起こした時。


 玄関から物音がしたのでそちらに向かえば、夏月さんが帰ってきていた。

 今日は勝手に遅くなるものと思っていたが、早く終わったのかな?


「夏月さんお帰り。今日は早かった……んだ」

「ただいま、優君」

「あ、うん。おかえり」


 ビックリして思わず固まってしまった。

 そこには昨日観た映画の主演と似た髪型をしている夏月さんが。

 多少整える程度に切ってはいるだろうけど、長さはそのままに髪型だけセットしてあるように見える。


 カッコよく、似合っているけれど……急なイメチェンとはどうしたのだろう。


「夏月さん、お昼はもう食べた?」

「うん。さっき、メンバーのみんなと外で」

「了解」


 夏月さん帰ってきたけど……まあ、いっか。

 小言を聞くのが多少早くなっただけである。


 お湯を沸かして容器に入れ、三分待っている間に夏月さんは部屋着に着替えてきた。

 いつもなら過ごしやすいラフな格好であるのに、今日は少し凝っているような。


「優君、まだだったら言ってくれれば良かったのに。何か買ってきたよ?」

「たまには食べたくなって」

「それじゃ私も今度食べよっと」

「自分がいない時なら許したげる」

「それってほぼ無理じゃない?」


 夏月さんはこれまでの食生活がダメダメだったので、将来確実に身体を壊すだろう。

 今からでもまともなもの食べてもらって、多少マシにしないといけない。


 自分も夏月さんに合わせて食べてるため、一人暮らしの時より食生活が充実している。

 だからたまにはこういったものを食べたくなってしまうのも仕方ないだろう。


 テレビをつけ、平日の昼間にやっているバラエティ番組を見ながら出来上がった麺を啜っていると。


「んんっ、コホン」

「喉の調子悪い? 何か飲み物作ろうか?」

「へ、あ、大丈夫大丈夫。ちょっとね、えへへ」

「そう?」


 本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだけれど、少し気にかけておこう。

 テレビに視線を戻した時、横目で夏月さんをチラリと見てみれば少ししょんぼりしているように見える。


 それからまた、暫く経ったところで。


「あ、あー、んんっ」

「…………」

「んんっ、あー」

「乾燥してる? あれなら加湿器つけるけど」

「そこじゃないんだよ、優君……」


 気を引くための声を出しながら、先ほどよりも露骨に髪をいじっている夏月さん。

 玄関の時に褒めそびれてからどうしようかなと思っていたけれど、まさか向こうからアピールしてくるとは。


 ちょっと反応が面白いので様子を見ているけど、今の夏月さんはカッコいいではなく可愛いになってるのがまた面白い。

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