五十一輪目
どれだけの人が気付いただろう、なんて烏滸がましいか。
現地でも配信でも、見ている人の大半は気付いていると思う。
──推しである夏月さんと高瀬さんが今まで以上に魅力的で輝いていることに。
……いや、はい。
個人的な主観であることは否定できないが、仮にそれを除いてみても二人はこれまでよりも確かな魅力を持って立っている。
だけど会場で、配信で見ている人の関心は二人ではなく、とある人へと向けられていた。
理由は単純明快。
二人以上に変わった人がいる、ただそれだけである。
これまでもしっかりしていなかったわけではないが、どこか遠慮であったり、劣等感のようなものを滲ませていた。
うまく隠していてもそれらはどうしても伝わってしまい、メンバーの中で歌は今ひとつといった評価に。
元々、実力があるという評価であったのだ。
あったのだが。
「凄いなぁ……」
まさか、ここまで劇的に変わるとは。
自分としてはなんてことない言葉であったが、彼女──
これまでの色々な"しがらみ"から解放された彼女は生き生きと歌い、踊っている。
その魅力は画面を通しても衰えることはなく、夏月さんというものがありながら不覚にも胸がときめいてしまった。
『────して欲しいな!』
忘れるようにしていた、秋凛さんからのお願いが思い返される。
あれはきっと、冗談であったのだろうと思いたい。
少し気になるのは、あのお願いにはどういった意味がこの世界にあるのだろう。
秋凛さんがお願いを口にしたはいいものの、それに対する返事は出来ていない。
なんて言ったのか理解できず、『はい?』と聞き返したのだが。
『私、ライブに出る!』
と、急に宣言したかと思えば。
あれよあれよという間に俺は病院へと運ばれていた。
それで今に至るわけなのだが。
家で見るよりも少し設備がいいのが何とも言えない。
お金たくさんあるから、時間見つけて音響とか整えてみようかな……。
ライブはすでに二曲目へと入っていた。
一曲目の勢いを落とさないアップテンポな曲だが、また違ったテイストである。
最初が明るく元気と表現するならば、これはクールでカッコいい、になるだろうか。
好みはあるだろうが、どちらにせよ人気の高い曲である。
本来ならばそれを現地で聞けたはずだったのだ。
体調を崩した自分が嫌になるが、もう治ったようなものだし、明日は現地参戦いけるのではないだろうか。
退院は月曜日と言っていたが、ちょっと抜け出して行けるか後で聞いてみよう。
続く三曲目であるが、まさかここにこの曲が来るとは。
会場の驚きも伝わってくるが、すぐに期待へと変わっていく。
それはキャラ人気投票で一位になった子がセンターとなる曲であり。
二回目に行われた際、見事一位を飾った秋凛さん演じるキャラであるが。
恋愛をテーマとして作られた曲であったのだ。
変わる前の世界で秋凛さんは恋愛をしたことがないと公言しており、歌は上手く歌えているものの。
詩に乗った感情が込められていないため、作られたイメージとは違う、虚しい歌となってしまっていた。
この世界の秋凛さんも同じなのだと会場の空気から何となく分かったが、今回は一味も二味も違うと解ったからだろう。
この曲の本来の歌を聞かせてくれるだろうと、皆が期待している。
イントロだけが響く、異様に静かな会場。
割れることを恐れないまま空気を送り込むが如く、期待が高まっていく。
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