五十二輪目
歌い始める前の呼吸がマイクを通して聞こえてきた。
そして。
『────────』
会場の全てを持っていった。
今まで聞いていたものとは違う曲に思えるほど、違った。
推しのライブなんてただでさえ語彙力が無くなるというのに、ほんのカケラほど残っていたそれさえも失うほどだ。
センターは秋凛さんであるものの、他のメンバーにもソロパートや見せ場はある。
あるのだが目がいかないというか、印象に残らないというか。
一人の人にしか目がいかないなんて創作でしか無いと思っていたが、現実でもこのような事あるんだなと。
曲の後半になるにつれ活動を再開した人たちが増えてきた。
画面越しでも一緒に見ていた看護師さんが泣いているのだから、現地はもっと大変なことになっているだろう。
四人も開花した秋凛さんに張り合おうとせず、一歩下がって引き立てている。
勿論、自身のパートの見せ場はキチンとこなしているが、秋凛さんに引っ張られてかいつもより沸き立てるものがあった。
これまでになかった演出だが、打ち合わせやリハをやらずにコレを成り立たせていることに五人の信頼みたいなものを感じられ、熱いものが込み上げてくる。
曲が終わり、会場が割れんばかりの拍手と歓声が落ち着いた後。
MCにて少しだけ休業していたことに触れたが、その後はいつもの『Hōrai』であり。
グダグダで、でも締めるとこは締める、面白おかしいトークであった。
その後は絶好調である秋凛さんにみんなも釣られ、曲が終わるとこれまで以上に肩で息しているよう見える。
画面に映るみんなの表情は笑顔で輝いており、こちらの胸も温かくなってきた。
推しの笑顔って麻薬みたいなものだし。
「──っ」
秋凛さんが映し出され、それに気づいて流れるようにウインクを決めてきた。
きっといまのは画面の向こうにいるファンへのサービスなのだろうが、やっぱ受け手側としては自分個人へされたように錯覚してしまう。
男ってのは単純なもので、このような事をされると『あれ、自分のこと好きなのでは?』と勘違いしてしまう。
画面越しで、彼女たちはコチラを認識していないのにね。
好きになりかけているのか、もう好きになってしまっているのか。
気になってしまっている俺はだいぶチョロインだという自覚がある。
あー…………。
何度でも思うが、そんな彼女たちと知り合いであり、さらにはメンバーの一人と恋仲で同棲までしているなんて、今でも信じられない。
その後も圧倒的なパフォーマンスに心振るわせながら、あっという間に三時間のライブが終わってしまった。
「あの、看護師さん。明日のライブは現地に行けませんか?」
「…………まだ安静にしてください」
「付き添いってことで、看護師さんも一緒に」
「可能かどうか、ちょっと上に聞いてみますね」
結論から言うと、行けることになった。
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