五十輪目
「…………んん」
身体を揺すられ、目が覚める。
水分が足りていないのか、軽い頭痛を感じながらも目を開ければ知らない看護師が目の前に。
「あと三十分ほどでライブが始まりますよ」
「あ、もうそんな時間……。起こしてくれてありがとうございます」
「いえ。すでに準備は終わってますので」
俺を起こしてお役御免だと思っていた看護師だが、出ていく様子はなく。
そばにあるイスへと腰掛ける。
「鑑賞中、激しく動かれないよう監視です」
「……あ、はい」
いや、流石に激しい動きはしない。
ちょっと腕を振ったり、身体を揺らしたりするだけ……。
…………。
……………………。
……画面消されたら困るので大人しく見ます。
「お手洗いってどこにありますか?」
「その前にこちらを」
ライブが始まる三十分前に俺を起こしたのは、準備時間としてだろう。
そういったところが素晴らしいと思いつつ、尿意を覚えたのでトイレの場所を聞いたのだが。
ベッドから降りようとする前に水の注がれたコップを手渡される。
起きて動き始めるまでに水を飲むと飲まないとじゃ大違い、って前にテレビで見たのを思い出した。
喉も渇いていたので飲むのは良いが、なんの病気だったかな……。
喉に魚の骨が引っかかったような感覚を残しながらも無駄に広いトイレで用を足し終え戻ってくれば、もう一人看護師が増えて夕食の準備がされていた。
お昼はなんだかんだで食べ損ね、寝る前に食べたバナナ一本だけだったので有り難くはあるのだが……。
結局、部屋にあるテーブルは使わないでベッドの上なのね。
や、ライブ見ながら食べるのならこちらの方がいいのだけれど、なんか釈然としないというか。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもないです」
大人しくベッドへと戻り、スマホを手に取る。
いくつか通知が溜まっているので確認すれば、夏月さん、高瀬さん、秋凛さんの三人からであった。
一番新しいので二分前なのだが、あと十五分程でライブが始まるというのに大丈夫なのだろうか。
取り敢えず三人には『先ほどまで寝てました。体調に問題はありません。ライブ、配信で見てるので楽しんでください』とコピペして送っておく。
まだスマホを弄っていたのか、まず最初に高瀬さんから返信があり、夏月さん、秋凛さんと続く。
始まるまで時間もないため、話を打ち切るためにも適当なスタンプだけ送ってスマホを閉じる。
「いただきます」
本当はライブが始まるまで我慢してようと思ったが、何も食べていなさすぎるので無理だった。
お腹が空いている人の目の前に米、味噌汁、生姜焼きが置かれて我慢できる人なんていないだろう。
早食いが体に悪いというのは分かっているし、意識してるわけでもないが。
ライブの始まる三分前には食べ終えてしまった。
手早く食器は下げられていき、デザートとして果物籠にあったリンゴなどが切られて出てくる。
お礼を口にし、シャリシャリとリンゴを食べていれば。
ずっとMVであったり、宣伝が流れていた映像が切り替わる。
シンと静まり返り、今か今かとその登場を待ち侘びている真っ暗な会場は、ファンの持つペンライトで色鮮やかに光り輝いていた。
ステージの後ろにある大きなモニターに映像が映し出され、併せて曲のイントロが流れ始める。
それは『Hōrai』の中でも上位に食い込むテンションの上がる曲であり、期待から胸が膨らむ。
映像が終わると同時にパッとライトがステージを明るく照らし。
五つの影が床から飛び出し現れ、歌い始める。
会場の熱は一気に上がり、曲に合わせてペンライトも激しく揺れ動いていた。
円盤は円盤で素晴らしいが、生配信はやはりどこか違い。
画面越しにも自身の心を揺り動かす何かが伝わり、沸き立つ何かに駆られるように身体が震え。
気が付けば目から涙が溢れていた。
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