三十六輪目

 俺は今、夢を見ているのではないか。

 そう思い、ベタであるが自身の頬をつねるが普通に痛い。


「優君、大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと現実を認識できてないだけだから。大丈夫大丈夫」

「それって大丈夫じゃないような……」


 何故こんなにも混乱しているのか、今一度その原因へと目を向ける。


 表紙には確かに俺の名前が書いてあり、中身も途中までは見覚えのある数字だ。

 ただ今日、夏月さんに記入をつけてもらった部分、そこが問題なのである。


「この、特殊給付金……というのは一体何?」

「えっと、その、簡単に説明したら……その、優君の子種、の値段だよ」

「俺の子種……?」


 何を言っているのかよく分からない。

 俺の子種……って、きっとそのままの意味であろうが、何故その名前がここで出てくる?


「…………ふぅ」


 一度落ち着くため深呼吸をし、飲み物を取りに行く。

 夏月さんが心配そうに俺を見ているが、ちょっと俺の常識が無いだけだから安心して欲しい。

 ……いや、常識が無いのはだいぶダメか。


「食事の時、色々聞いてもいい?」

「うん、それは大丈夫だけど」

「疲れてるのにごめんね」


 食事の時にある程度の事を夏月さんから聞いておいて、その後に詳しく調べようと思う。


 そのため、取り敢えず今は切り替えて食事の用意をしよう。

 明日も仕事があるため、夜遅くなることは避けなくては。




「それで、優君は何が聞きたい?」

「基本的に何も分からない状態なんだよね……まず俺の、その……種って売れるの?」

「どこの国も慢性的な男性不足だから、国からしてみれば今、大助かりだと思うよ? 最低でも月一がノルマでもあるし」

「月一がノルマ……って、種の提出が?」

「そうだけど……」


 え、本当に何も知らないんだ。ってのが見て分かる。

 でも気付いたら価値観の違う世界にいて、それを理解しろってのも無理な話だと思う。

 いや、その事は俺しか知らないから言い訳にならないんだけども。


 価値観が違うのに気付いたのだって先月の給料日の時だし。

 その時に色々と調べたけど真面目に調べたの最初だけで、途中から世界の偉人がどうなったのか見ててまともな情報を仕入れていない。


「それじゃ、夏月さんに会う前までの俺ってどうしてたのか分かる?」

「コレ見る限り、働いて税金納める代わりに免除されてたと思うかな。あ、先月の給料日の時に特別給付金が入ってないのは、優君の種の登録とか、ランク付けの検査とか。後は今後の税金免除の手続きがあったからとかだと思う」

「…………そっか」


 またいろんな情報が増えた気がするけど、簡単にまとめたら今後は税金免除ってことだけ理解してればいいかな。

 いや、税金免除ってすごい事なのでは?


「子種の提出って……その、鮮度? とか大丈夫なの?」

「いつも入れているケース、三日は保てるって話だよ」

「あ、そうなんだ」


 分別してるゴミ箱だと思っていたものが子種の提出ケースだと知り、ちょっと理解できないけど。

 もう、そういうものだと受け入れる事にした。


「優君って、相当な箱入り息子だったの?」

「へ? いや、至って普通な一般家庭な気がするけど」

「うーん……でもそっか。箱入り息子ならお見合いさせるし、仕事なんてさせないもんね。……あ、親と喧嘩して家出したって可能性もあるのか」

「そんな記憶は無いかな」


 家族のグループチャットを確認しても記憶にある通りと変わりないし。

 そんな頻繁に連絡を取っているわけでも無いが、見返してみても普通の一般家庭って感じだ。


「男性が少なくなってるのに人口維持出来てるもんだなと思ってたけど、やっぱ維持するなりの政策があったのね」

「子供は一番の宝だけど、やっぱり結婚するのは女性にとって一番の憧れだよ」

「……プロポーズはもう暫く待っていて欲しいかな」

「あっ、催促したわけじゃ無いの。ごめんね。私が言いたかったのは、たとえ二番目、三番目だとしても、一緒にいてくれる男性がいるのは幸せなことだってこと」

「二番目、三番目……?」

「うん? 一夫多妻になって暫く経つけど……」


 一夫多妻…………?

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