三十五輪目

 …………ライブについては半ば諦めも付いていたし、すぐに気持ちの整理をつけたのはいいが。


 相談事は夏月さんの勘違いかもしれないのに加え、今の俺には何もできないため。

 どう答えたものかと悩むけど。


「よしっ!」


 という声と共に、気持ちを切り替えたらしい夏月さんは先程の相談など無かったかのように振る舞っている。


 その様子から相談で答えを求めていたというよりは、ただ話を聞いてもらいたかったように感じた。


「優君、今日の晩ご飯は出前を取ろう!」

「これから作るつもりで居たけど」

「もう遅くなっちゃったし、ね?」

「まあ、夏月さんがいいのなら」


 何にしよっかなー、と口にしながらチラシを取りに行く夏月さんはいつもと変わらないように見える。


 けど、ただ何となく。

 まだ何か俺に話したいことがあるような気がしたのは勘違いであろうか。


 夏月さんの中では月居さんの様子がおかしいのは気のせいなんかじゃなく、確かなものであって。

 俺からそれとなく聞き出して欲しかったような。


 …………いや、考えすぎだろう。


「お寿司にする? それともピザがいい?」

「カロリー高そうなのはダメでしょ」

「……いま、凄く運動しているし大丈夫なのでは?」

「夏月さんが構わないのならいいけど」

「んむむむむ……」


 時計とピザのチラシを何度か往復した後。

 今回は諦めたのか、ため息をつきながらピザのチラシを除く。

 けど諦め切れないのか、チラチラとピザのチラシへと目をやっていた。


「…………我慢する方が身体に悪いし、頼んだら?」

「……っ! そうする!」


 物凄く嬉しそうにしながら電話をする夏月さんの姿に、思わず苦笑いしてしまう。

 これなら初めから選択肢は有って無いようなものだ。




 今が最高に幸せ、って感じを出しながらピザを平らげた翌日。

 トレーナーにピザ食べたことがバレて怒られたと、しょぼくれて帰ってきた夏月さんを笑った俺は悪くないと思う。


 もちろん今日の晩ご飯は出前などではなく、しっかりと俺が作った。


「もしかして優君、こうなるって分かってたの?」

「あまりその業界に詳しくはないけど、予想の一つとしてあったよね」

「や、確かに優君は一度、止めた方がいいと言ってくれたけど……」


 夕食を終え、ソファーに腰掛けてノンビリお茶を飲みながらおしゃべりしていたのだが。

 もっと強く止めて欲しかったと先ほどから遠回しに伝えられている。


 けどあの時、どのような説得をしたとしても。

 夏月さんはきっとピザを選んでいただろう。


 食い意地が張っていると言っちゃえばそれまでだが、どうしようもなくそれが食べたい時はあるものだ。


「そういや、明日少し外に出ないと」

「何か買い忘れとかあったっけ?」

「給料日だから通帳記入だけだよ」


 仕事をリモートにしてから、外に出る機会が減った。

 たまにある食材の買い出しに行くのも夏月さんと一緒なので、外に出たとしても一人でいることは無い。


 だから通帳記入というちょっとしたことだが、久しぶりに一人で外に出るなと思って口にしただけなのだが。


「ダメだよ、優君」

「へ? 別にすぐ行って帰ってくるだけだよ?」

「私も一緒に行くから、ね?」

「でも夏月さん、朝からでしょ?」

「なら私が預かって、仕事の合間にやってくるから。ね、それならいいでしょ?」

「……まあ、夏月さんがそれでいいなら」

「うん!」


 他の人はどうか知らないけど、俺は通帳の中身を見られても特に気にしないため。

 話が拗れそうな気がしたのでさっさと俺が折れ、通帳を夏月さんへと手渡す。


 往復十分といったところなのに、俺が外に出ることを何故そんなに嫌がるのだろうか。

 いや、俺が外に出るということより、一人で通帳記入させるのが嫌なのか?


 まさか出来ないと思われている……といったわけでもなさそうだが、とにかく理由が分からない。






───

この世界では世界的に『産めや増やせや』の考えです。

でないと人口減少からの滅亡なので、子供を増やしてナンボです。

では何故、主人公にそれ(義務)が当てはまらないのか。


実は描写こそしていませんが、主人公はほぼ毎日『種』を提出しているからです。

子供を作るのは先延ばしにしていますが、主人公と夏月はゴムつけてやる事はやっているわけで。

その使用済みゴムの口を縛り、三日は鮮度を保てるという特殊なケースに入れて送るというわけです。(専用の窓口なりがある)

察しの良い方は何となく想像していると思いますが、ほぼ毎日の提出なので、今回振り込まれる額がとんでもない事になっています。

主人公の安全のために一緒、もしくは夏月が一人で通帳記入するわけです。


『種』にも運動率や量などのランクがありますが、元の世界の普通がこの世界では上位に入ってくる程です。


本来なら自然妊娠の方が好ましく、政府から女性を増やして欲しいと思われていたりします。

ただそれを強制してストレスがかかり、勃たなくなったら困るのでそれも出来ず、モヤモヤとしてたり。

ほぼ毎日、高ランクの『種』を提出するため、当然のように主人公は認知されてたりします。


ちなみに主人公は最初、普通のゴミ箱にゴムを捨て夏月に『何してるの!?』と言われてから特殊ケースに入れるようしていますが。

ただ一緒のゴミに入れたくないから分別しているだけだと思っています。

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