第26話 大災難の終幕
異時層の顕現に伴って死の異空間と化した研究都市、我等が支配するダイモンドコーポレーションの関東支部。
結果として、魔境はその口を閉ざす運びとなった。
都市自体の消滅……そして配属されていたイレイザーからの報告を以て、極東に於ける研究都市の異常事態は終結したとみなすべきだろう。
関東支部支部長に任命していた
世界終焉クラスの危機だったにも拘わらず、死者をたったのニ名に抑え込めたのは驚嘆に値する成果だ。
異時層の構成核は完全に破壊されたという。
イレイザー部隊の部隊長によれば、その者は
ブリタニア支部から紫藤龍之介を送って、あの
確かに、関東支部で保管されていた籠目匣を効果的に活用すれば、人類の終焉をも成し遂げる可能性はゼロでは無い。
現状に関して、ある程度は筋の通る話にはなるだろう。
だが、幾つかの疑問は残る。
籠目匣はあくまでも国家規模の呪いを成功させる儀式に過ぎず、ソレ単体では異時層の発生までには到らない。
同区画内で開発、研究されていたABWを一斉に暴走させ、一定範囲内の現実強度を弱めたとしても異界の顕現が現実的に成り得る程では無い筈だ。
何か……そう、我々の思いにも依らない決定的な何かが要素として加わっていなければ、此度の状況にはなり得なかった筈だ。
イレイザー部隊による目撃証言だけでは限界がある。
現地で新たに生誕した能力者と、その場に呼び寄せられた闇の処刑人も含めて、再度の調査が必要となるだろう。
ある一族の覚え書きより一部抜粋
✧ ✧ ✧
生温い空気が夜闇に満ちる七月末日。
かつて日本の技術発展の要となっていた研究都市は、
今や文明と発展の息吹を感じさせる風景は一変し、大規模な戦闘の名残以外、感じ取れる物は何も無い。
それでも確かに残されたものはあるのだ。
それは、未来。
異界の顕現による滅びの運命が覆された、奇跡の痕跡。
後に人々は嘆くのだろう。この事変を境に日本の産業技術は停滞し、世界から取り残されたのだと。
後に事情を詳しく知る者は誇りを胸に、然るべき者達へ語り伝えるのだろう。
この場所は、滅亡の危機を回避した聖地であるのだと。
だがどちらにせよ、これからも未来は繋がっていく。
限り無く自由で、不自由な未来が。
「さぁ、
鈴音は地面に脚を下ろして少女へと振り向くと、少しだけ頬を緩ませた。
「あなたが何者かは知らないけれど、今回は助かったわ。ありがとう」
「うふふ、気にしないで。戦いは常に、ハッピーエンドじゃなくっちゃ!」
少女は愛らしくはにかむと、足取り軽やかにその場から消え去っていった。
入れ替わるようにして、遠方から鈴音を呼ぶ声。
「おばさーん!」
声の方向に目をやれば、そこには改造型のダイモンドコーポレーション専用特殊装甲ヘリ。
そしてその中から鈴音に向かって大手を振って駆けて来る
体のあちこちに傷が見受けられるものの、元気そうな姿に鈴音は内心胸を撫で下ろす。
「恐い想いをさせてしまったわね、楓ちゃん」
「ううん、おばさんこそ無事で良かった!」
楓は鈴音に強く抱き着く。
鈴音はそんな楓の後頭部を、安心させるかの様に優しく撫でていた。
「そうだ、鈴音おばさん。琴海は──」
身体を離して捲し立てようとする楓の口を人差し指で塞ぐと、鈴音はそのまま硝子のクレーターの中央へと指を向けた。
そこには、並んで月を見上げる二人の男女が。
褐色の肌をした血塗れの
その少し後ろで、
「お疲れ様でした。やっぱり、最後の最後でも私にはあなたがいないと駄目みたいですね」
視線を落として苦笑する琴海に振り向く事なく、定紡は月を見上げたまま返す。
「いや、今回ばかりは俺でも不可能だった。覚者としてのお前がいたからこそ、ヤツにとどめを刺せたんだ」
とはいえもう二度とあの術式は使わんがな、と力無く溢した定紡に、琴海は柔和な笑みを浮かべて。
「賢明かと。今回だけはあの方々も目を瞑ってくださると思いますが、今度使用すれば貴方はどの世界線からも弾き出されてしまうでしょう」
「そうか…いや、そうなんだろうな。この術式を考案した時は、相棒にも止められた」
「フフッ、彼ならそうするでしょうね」
「知ってるのか」
「ええ、言ったでしょう? 私は最果てより来たりし妖精使い。それ故に私はなんでも識っているのですよ、エッヘン」
「なんだそれ」
「……スミマセン、根源悪を討ち倒せて少しばかり調子に乗りました……忘れなさい」
「元よりそんなどうでも良い事を覚えているつもりもない」
背後で顔を赤らめる琴海には目を向けないまま、定紡は気配だけで察する。
覚者として顕現した妖精使いの時間は、もう長くは無いのだと。
「お前……消えるのか」
琴海の身体から散り散りに拡散し始める、エーテルの光。
妖精使いは応える。ただ、静かに。
「ええ。先程の一撃で、この時間軸で活動し続けるだけの虚数エネルギーを失ったようです。ですので、これでお別れです」
「そうか…なら最後に一つだけ聞かせてくれ」
「何なりと」
一呼吸置いて、定紡は吐き出す。
夜空に静かに浮かぶ、青白い月を見上げたまま。
「俺は、成せるのか」
「──はい。それはもう、清々しい程に」
「……そうか。それが知れただけで、充分だ」
定紡は安堵したかのように力を抜くと、ゆっくりと重力に身を任せて硝子の地表に倒れ込んだ。
妖精使いは哀し気な色をその目に浮かべると、霊体となり琴海の身体から分離して宙に浮かび上がる。
琴海の本体は髪色も、その姿も元に戻り、意識を失った状態で定紡の隣に横たわっていた。
『さようなら、私の最高の味方。
これからの道中は、もしかすると私達が歩んだような道筋には成り得ないかもしれません。
ですがどうか、忘れないで。
希望は、いつだって貴方達の側に在る事を」
希望ノ使徒して言葉を残し、妖精使いは虚数の光と共に虚空へとその姿を消す。
現代の琴海と定紡の側へと駆け寄る楓と、イレイザー部隊の面々を見つめながら。
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