第3.5話 昼休憩と追加任務

「ここにすっか」


 中等部と高等部に分けて建てられた、三階建ての校舎に挟まれた中庭。

 中央にそびえる、太くて立派な広葉樹の木を囲う煉瓦れんがの上。

 木陰となっているその場所に、たかはしかえでおとみやことの二人は腰を下ろしていた。


「意外と涼しいんですね」

 見上げれば降り注ぐ木漏れ日。

 夏の熱気を避けて室内に逃げる学生が多いため、辺りに人影は殆ど無い。

 だが予想に反してこの場所は悪くなかった。


 葉の新緑がとても鮮やかな、大きく広げられた枝。

 近くの湖から吹く風は涼しさを運び、木々の枝葉が造る木陰に入ってさえいれば自然な心地良さを与えてくれている。


「だろ? しかも木が邪魔して教室からは見えないから、絶好のサボりスポットなんだぜ」

 楓は浮かべる。

 最上階の角部屋を見上げ、意地悪そうな笑みを。


「たまに授業中見かけないと思っていたら、こんな所にいたんですか」

 単位落としますよ、と幼馴染の態度に呆れながら琴海は弁当の包を開く。


「今日もサンドイッチ?」


「手軽に作れる栄養食ですから」


「ミニマリストだな〜。だから体力付かないんだぞ」


「そう言う楓は何を作ってきたんですか」

 親友の軽口を意に介すことなく、琴海は親友の手にしている弁当箱に興味を示す。


「おっ気になるかね、今回のあたしのお手製弁当」

 楓はニヤリと歯を見せると勿体つけたようにドラム音を舌で奏で、じゃーんと言う掛け声と共に蓋を開ける。


「わあ! 茶色いですね」


「名付けて、唐揚げとハンバーグのミニステーキ添えさ☆」


「楓の好きな物ばかりで美味しそう。唐揚げを一つ頂いてもいいですか?」


「おう! 食え食え」

 笑顔と共に手渡された箸を伸ばして、パクリ。

 ジュワーと口内を満たす肉汁。程良く湿り気を帯びた衣がホロホロと崩れ、食べやすさを助長している。


「どうだ、美味いだろう」


「ええ、とても」


「他にも食べたい?」


「魅力的な誘いですが、お返しです」


「ムグっ!?」

 微笑んで、琴海は持って来たサンドイッチの一つを楓の口に押し込んだ。


「ちゃんと炭水化物と野菜も摂らなきゃですよ」


「モキュ、モキュ、モキュ、モキュ、ゴクリ。サンクス!」

 そのままの状態で楓は親友の手からサンドイッチを平らげる。

 琴海はサンドイッチから手を離すとフッと目を細めて──肉盛りになっている楓の弁当箱に目を落とした。


「もう四年も前になるんですね」


「ン、何が??」

 器用に箸を使ってハンバーグを口に放り込む楓、そんな彼女の隣で琴海は感慨深げに呟く。


「私達がまだ中等部に居た頃、初めて楓が私に自作の弁当を食べさせてくれて……。今日はその時と同じメニューですよね」

 少し照れ臭そうに、それでも暖かく微笑んで。

 楓はピンと来ない様子で首を捻っていたものの、何かに気付いたらしく徐々にその表情が驚きの色に染まっていく。


「ここっ、琴海。おおおおお前、あの時のこと、憶えて……」


「断片的に、ですけどね。でもその中で楓との思い出は印象強く残っているんですよ」

 感極まって、楓は涙する。自分の行いは決して無駄では無かったのだと。




⏳ ⏳ ⏳




 幼馴染ということもあったが琴海と楓は幼少期からの付き合いであり、二人が学園に入ったのは中学に上がった頃。

 南緑須学園の入学試験にて過去最高得点を叩き出した琴海は当時話題になり、期待の超新星とも呼ばれていた。


 反して楓は合格点ギリギリでの入学になったため、入学当初から二人の距離は自然と開きがちになっていった。

 クラスが別々になった事が要因には含まれていたものの、それは始めだけであり、主な原因としては楓が陸上部に入って早々目覚しい活躍を遂げた事で部活動が忙しくなった事が一番の要因だ。

 そんなある日、部活終わりの更衣室にて。


「そういや高橋さんってさ、あのアンドロイドと幼馴染って聞いたんだけど、本当?」

 最初の夏休みが明け、各々が元の日常生活を取り戻し始めた頃、隣のクラスの部員がそんな言を口にした。


「何の事? あたしそんなハイテクな人外フレンドなんて知らないよ」


「あー、アダ名だよ。えっと確か名前は、音宮さん……だったかな」

 その発言に、楓は自らの安易な認識を後悔した。

 よくよく話を聞けば、琴海はクラスから孤立してしまっているらしい。


「その話詳しく!」


「凄い食いつくね?! 肩痛いから一旦手を離して!」


「あ、ごっゴメン」


「ううん、ビックリしただけだから大丈夫だよ。それでえっと、音宮さんについてだよね」


「うん。どうなってるのか、詳しく聞かせてほしい」


「そのね、部活動が始まるまでの数日間は学年一位で入学して来たって事もあって、最初は皆物珍しさから声を掛けてたんだ。

 でもあの子、反応も必要最低限って感じで機械的な応答しかしないし、目も何処か虚ろで喋ってても人間を相手にしている感じがしないんだよねぇ。

 だから部活動が忙しくなるにつれて皆も離れていっちゃって、最初に付いたアダ名はマネキン人形。

 でも小テストでは常に満点だし、授業中の受け答えも機械的だけど完璧だったからさ、今はアンドロイドって呼ばれてるわけよ」


「そんな」


「何? もしかして音宮さんって、何か訳ありだったりする?」


「それは──いや、その事についてあたしからは何も言えない、言う権利も無い。

 だけど信じてくれ、本当のアイツはそんなんじゃないんだ!

 アイツはもっと明るくて……無邪気で……誰とでも仲良くなっちゃうようなスゲー優しい奴なんだよ」


「えぇ、疑ってるわけじゃないけどそれ本当? 今の様子からは全然想像出来ないな」


「ゴメン、今日の昼練習は休むって伝えといて! あたし、琴海んとこに行ってくる」

 そう言って楓は駆け出した、校舎の廊下を疾風の如く。

 自分の教室を過ぎて、辿り着いたのは隣のクラス。

 引き戸に備え付けの窓から覗く。

 部屋の最奥、窓際の列の最後尾に琴海は居た。だがクラスの空気は妙によそよそしく、室内の生徒達は琴海から距離を置いているように感じられる。


 しまったと楓は思った。

 入学時に琴海は皆から注目され、好意的な話題にも取り上げられていたからもう大丈夫だと勝手に納得してしまっていた事実に。

 心の傷が治っていないのに、放置してしまっていた現実に。


「何やってたんだよ、あたしは」

 独りごちて、楓は自分の教室に戻る。

 自分の手提げ鞄から弁当を取り出し、再度隣のクラスへ。


「あれ、君ってこのクラスじゃ無いよね? 誰かに用でも?」

 楓が引き戸に手を掛けようとした時、ガラリと扉が開いて眼鏡をかけたおさげの少女、こんあきが顔を出す。


「うん。琴海に会いたくて」


「琴海ぃ、琴海ぃ……。ごめんアタイまだ顔と名前一致してなくてさ、どの子?」


「あの一番奥の……」

 言いかけて、楓は眉をひそめる。

 先程はいなかった男子生徒数人が何やら物々しい様子で琴海の席を取り囲んでいたからだ。


「あ〜今はやめといた方が良いかも」


「アイツ等、何なんだ」


「そっか、君はこのクラスの事情知らないだろうから無理もないよね。本当、つくづく人間ってろくでもないよ」

 そう言って眼鏡位置を直す秋穂が説明してくれたのは、より深刻な事態だった。


 琴海のクラスには学年二位の男子生徒がいる。

 彼は頭がよく回るものの性格が捻じ曲がっていて、いつも同クラスの不良グループとつるんで悪さをしており、今や琴海のクラスは学級崩壊を起こしかけていた。


 そんな彼には、どうしても気に入らない存在がいた。

 それが音宮琴海。

 何事にも関心も熱意も持たず、自らの実力にすら興味を示さないでただ自動的に様々な情報を摂取し続けるだけの女の子。

 彼はその在り方に嫌悪し、嫌がらせをして妨害を続け、そしてその虐めは次第にエスカレートしていった。


──ガタン、バサバサ

 秋穂が説明している最中、教室内に響く大きな物音。

 見ればざわつくクラスメイトの視線の中、琴海が栗色の髪を乱し、床に手を突いて倒れ込んでいた。

 椅子と机は横倒しになり、床には琴海の教科書やノートが散乱している。


「ハッハッハ、惨めな姿だなぁおい。学年最優秀が聞いて呆れるぜ」

 一人の男子生徒が薙ぎ倒された琴海の机に足を掛け、聞くに耐えない罵倒を琴海に浴びせ続けている。

 察するに彼が琴海を目の敵にしている男子生徒なのだろう。


「何だよ、何で誰も止めねえんだよ」


「皆自分が可愛いのさ。自己保身ばかり考えてああやって見てみぬふりをしている。

 アンドロイドも何で言い返しもしないのか理解に苦しむよ。本っ当に人間ってクズばかりだ」

 そこからの記憶は、楓には無い。

 頭に血が登って視界が真っ赤に染まった所までは覚えているものの、気付けば自宅の寝室で横になっていた。


 後から聞いた話しによれば、楓は秋穂を押し退けて暴れ回ったのだそうだ。

 特に特定の不良グループはその時の負傷が深刻であり、一ヶ月間の入院を余儀なくされているのだと言う。

 それにより楓に下されたのは一週間の自宅謹慎処分。

 これまでの不良グループの行いやその時の楓の発言から、かなり学校は大目に見てくれたのだと言う。


「あたし、何て言ったの?」

 謹慎が解禁された日、図書室から出て来た秋穂を掴まえて尋ねてみると、彼女はその眼鏡の奥で驚きの色を目に宿しながら応えてくれた。


「憶えてないの? あの時の高橋さん、アタイは良いなって思ってたんだよ」


「ゔっ、なんか黒歴史作ってそうで恐いんだけど」


「そんな事無いよ、ただね。誰も止めないんだったら今日からあたしがオマエ達を支配してやる! あたしの親友には誰にも手出しさせねー!! って言ってた」


「ああああっ、ヤッパリ黒歴史刻んでた〜」

 秋穂による熱の篭った演技に楓は頭を抱えて崩れ落ちる。

 だがこの日、楓には成すべきことがある。

 それを実行するためその日の昼休み、隣のクラスの人達にはなるべく目を合わせないようにして琴海の元へと向かった。


「よよよよよよう琴海ひっ久しぶり。えっと、よ、良かったらお昼一緒しない?」

 恥ずかしさと気まずさから震える楓に琴海は空虚な眼差しを上げるが、つぃと目を逸らす。

 その先には机に下げた琴海の手提げ鞄。


「もしかしてお弁当、忘れちゃった?」

 長年の付き合いから育まれた勘から察した楓の問い掛けに琴海は小さく首を振り。


「どうせ、他の人に捨てられちゃうから」

 ポソリと呟いた。

 羞恥心は何処へかへ吹き飛び、ジロリと楓は周囲を睨む。


「ちちち違う! 手を出してたのは不良達アイツ等だけで、俺達は何もしてないよ」


「でも、止めなかったんだろ」


「そっ、それは……悪かったと思ってる」

 気まずい沈黙が場を支配する中、楓は大きく息を吐いてから琴海の腕を取った。


「? ドコ行くの」


「食堂。こんなとこで飯食っても不味くなるだけだろ」


「お弁当、無いよ」


「あたしの分けてやるから気にすんな。いいから行くぞ!」




⌛ ⌛ ⌛




「ぐふぅっっ、せっかく封印していた黒歴史が掘り起こされる〜」

 胸を抑えて崩れる楓に琴海はクスリと笑って。


「でも今思い返すと本当にかっこ良かったと思いますよ。その後分けてくれたお弁当も、きっと美味しかったですし」


「やめておくれマイフレンド。今はその優しさが痛ぃ」

 平和な空間を彩る大樹の木漏れ日。

 のどかな午後、昼休みの解放的な時間はまだ続く。




✧ ✧ ✧




 やあ、仕事終わりなのに呼び出してすまないね。火急の用事なんだ。


 どうやら東北地方で異常が発生しているみたいでね。キミの追っている少女と関係があるかはわからないが、どの道我々の業務上、無視出来ない状態だ。


 うん、理解してくれてワタシは嬉しい。

 詳細は後程データで送るとして、大まかな状況だけ伝えておくよ。


 場所は青森県下関市の山間やまあいにある小さな村だ。

 現在この村では異常な頻度で住民が死んでいる。


 自殺、他殺、事故死、病死、老衰。

 これ等の死因に関わらず、一日に最低一人はこの村で確実に死に至っている。

 実に奇妙だとは思わないかい?


 ふむ、確かにキミの言う通り偶然の可能性もゼロでは無い。ワタシも情報がこれだけであれば、精々様子見で終わらせていたとも。


 だけど先程ハッキングした衛生画像を見てほしい。

 見えるかい? ここに小さくだが、黒い影がある。


 推定高度は約十メートル。

 黒い球体の様にも見えるが、成層圏からの衛星画像だ。ボヤけていて判別はつかなくてね。


 お、やっぱりキミは流石だね。

 たったこれだけの画像でこの影が虚数的実体であると見抜くとは。

 ご指摘の通り、影の真下に位置している住宅街は例の小さな村だ。


 今は被害がこの村のみに限定されてはいるが、これから下関市、青森県、東北地方、本州全域に拡がらないとも限らない。


 だからキミにはこの村の調査におもむいてもらいたい。

 そして可能であれば、虚数的実体による影響の無力化を頼む。


 そのためには例えどんな手段を取ろうとも構わない。

 現場の意見は、常に優先されるものだからね。







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