第12話 長男が壊れた日

〜長男視点〜


 これは俺が高校2年生の話になる。


 俺は普通の高校生だった。


 普通に授業を受けて、何事もなく学校を謳歌していた。


 部活は入ってない。


 中学校時代で運動部の忙しさにほとほと嫌気がさしていたから、帰宅部にした。


 放課後は図書館でラノベを読み漁ったり、家でネットサーフィンをしたり、遊び盛りの妹たちに付き合ったり。


 まあそんな感じだ。


 そしてある日、俺のそんな普通が終わる。


 それはちょうどいい暑さの、梅雨の時期で、晴れの日だった。


「んほほい! んほほい! ワシのポーズ!」


「「「ギャハハははは!!」」」


 教室はかなり騒がしかった。


 教室には、ゴリオとその仲間たちがいたからだ。


 ゴリオはクラスで一番やばい奴だった。


 柔道部で体がでかい。


 しかしそれは問題じゃない。


 問題は、とにかく知能が低く、短気で粗暴であることだ。


 現に今、自分の机の上に立って、ヨガのポーズをして笑いをとっている。


 俺から見れば、絶対に関わりたくない相手。


 教室でラノベを読むつもりだったが、教室の騒がしさに嫌気が差し、席を立った。


 その時だった。


「でさーダクト! 一緒にでずにぃでさ―― きゃあ!」


 女子とぶつかった。


 偶然、俺とそいつの動くタイミングが重なったせいだった。


 半分は俺のせいだが、もう半分はそいつのせい。


 不慮の事故だった。


「あ……すまん」


 俺は一言謝罪して、その場を去ろうとする。


 その時だった。


「おい、こら」


 俺にガンを飛ばしてきた。


「あたしの胸、触った?」


「え」


 胸の感触?


 そもそもぶつかった時の感触なんて覚えちゃいなかった。


 そしてそいつは矢継ぎ早に言った。


「マジ変態……気持ち悪いんだけど……」


 突然の発言に言葉が咄嗟に出なかった。


 微塵も興味のない女子から、なぜそんなことを言われるのか分からなかった。


「ねえ、恭平くん?」


 すると、その女子と一緒にいた平岡ダクトが俺に話しかけた。


 平岡ダクトは、いわゆるイケメンだった。


 クラスのカーストでは最上位で、人気の的だった。


 しかし俺に言わせれば、女受けのいい風体をしただけの奴だった。


「俺の彼女の胸、触ったのかい?」


「は……? いや、触ってない」


 反射的に否定する。


「それ、神様に誓って言えるのかい?」


 そう言われると、否定はできない。


 自分が覚えてないだけで、実際はそうなのかもしれない。


「あ、いや、偶然触れたかもしないけど、偶然ぶつかっただけで……そのつもりじゃなかったって……」


「は? それさ、言い訳?」


「いや、そんなことないって」


「なあゴリオ!!」


 突然、ダクトはゴリオの名前を呼んだ。


「手を貸してくれ!!

 こいつが突然、俺の彼女にセクハラしたんだ!!

 クラスメイトの恭平君は、性犯罪者だったんだ!!」


「何ぃいいいいいいいい!!!! 性犯罪だとぉおおおおおお!!!」


 ゴリオは突然こっちに向かって、突っ走ってきた。


 そして俺の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。


「がはっ!」


「お前、何をしたんだぁああ?? ああああああ???」


「ゴリオ君……そいつが、あたしの胸を触ってきたの。しかも、ダクトの目の前で!」


「ち…ちがう……」


「ふん!!」


「がは!」


 腹を殴られた。


 嘔吐しそうになる。


「お前は悪いやつだな!!! 仕方ない!!

 クラスメイトとして、俺様がお前のためにぃ! 教育してやる!!!」


 腹パン、2回目。


「愛の鞭!! 愛の鞭!! 愛の鞭だ!!」


 そして何度も腹パンされる。


「「「ギャハハっははあっはあ」」」


 ゴリオの仲間たちは大笑い。


 俺が殴られているのを楽しんでいた。


「がはっ――オエえぇ!」


「貴様ぁ!! この程度で吐くんじゃない!! 汚いじゃないかぁ!!」


 意識が朦朧としてきた。


「じゃあ今日のは小手調べってことにしてやろうじゃないか!!

 これから毎日、お前を痛めつけてやる!! 犯罪者に容赦はない!!

 だが、警察に捕まらなくて、幸運だったなぁ!!

 ええと、名前忘れた!! うほほいい!!」


 朦朧とした意識の中で、ダクトとその彼女は、ニタニタと笑っていたのが見えた。


 そしてそれ以外のクラスメイト達は、我関せずと言わんばかりに、こちらへ目を向けることはなかった。


***


「お帰りなさいお兄様!」


 おれがただいまという前に、上の妹のサチが来た。


 俺のことをお兄様と慕う、優しくてかわいい大切な妹だ。


「た……ただいま」


「ん? お兄様、なんだか調子が悪そう」


「——なんでもない」


「そうなの?」


 腹には、鈍い痛みが残ってる。


 けど、心配かけたくない一心で普通を装う。


「昼食の食べ過ぎで、胃もたれしててな」


 とっさの言い訳。


「まぁ! じゃあお兄様の夕ご飯は柔らかいものがいいよね!

 わたしがうどんを作るね!」


「ああ、ありがとう」


 暖かい思いやりに、涙が込み上げて来るが、絶対に見られるわけにはいかないと強く思った。


 居間に行くと下の妹のエミがいた。


「おにい、おかえり!」


「ただいまエミー」


 なんとなく外人っぽい響きが好きだから、エミーと俺は呼んでいる。


「おにい遊ぼう」


 エミーは小学生でまだまだ遊び盛りだ。


「いいけど、調子悪いから運動するのはナシな」


「んーじゃあ、あやとり!」


「オッケー」


 俺の荒んだ心を、妹たちは癒してくれる。


 ダクトやゴリオのクソ野郎共に負けてやるものか、そう思うのだった。


***


 いじめられる日々の中で理解したことがある。


 俺に暴行するのはゴリオとその仲間たちだけで、ダクトはそれに参加しない。


 ダクトは、ゴリオを焚き付けていじめさせ、そして自分はそれを見て楽しんでいるのだ。


 人が苦しむ様を見て――その男は終始ニタニタと笑顔を浮かべていた。


 しかし自分はいじめに直接的に参加しない。


 そのため周囲からの評判を勝ち取っていた。


 クラス一のイケメンだとか、成績優秀の秀才だとか、悪い話はほとんど聞くことがなかった。


 俺はダクトに対して、裏表のギャップがありすぎる最低のクズだと理解した。


 ゴリオは俺の腹部や外見では目立たない場所を徹底的に狙った。


 おそらくダクトの指示だろう。


 そのため、俺がいじめられてることは学校にも、家族にもバレなかった。(俺自身秘密にしたいことだったため、誰にも言わなかった。)


 卒業まで続くのではないか、と思われた暴行だが、たったの三日間で終わることになる。


***


「なぁなぁ恭平くぅん」


 ダクトのクソ野郎がニヤニヤと、下品な笑顔で話しかけてきやがった。


「きみ、可愛い妹がいるんだって聞いたけどほんと?」


 俺の妹――大切な妹たちに手出しするつもりなのか?


 怒りで頭がくらくらする。


「知らん」


 即座に否定した。


「俺に妹なんかいない」


「おいおい、なんでいきなり切れてんの? 質問しただけだろ? なあ恭平君?」


 ダクトは俺の肩に手をのせる。


「俺たち友達じゃん。嘘はなし、だろ?」


 友達なわけがない。


 都合のいいおもちゃが欲しいだけのクソ野郎が。


「俺の知り合いがさぁ、恭平君の妹ちゃんが可愛いって言ってたんだ。

 もう一度聞くけどさぁ、その子のこと、教えてくれない?」


「だから知らん」


 ダクトは不機嫌な表情になる。


「あっそ。君はこんな態度を取るんだね。

 おいゴリオ!!」


「んほ?」


 ゴリオの阿保ズラがひょっこり出てきた。


「今日はパーティだ。

 こいつを屋上に連れていく」


「いやっほおぉおおおい!!

 パーティだ!! パーティだぁ!! いくぞお前ら!!」


 ゴリオが俺を抱き抱える。


「がっ、放せ!! クソ!!」


 そのまま屋上に連れて行かれた。


***


「超本気、パァあああンチ!!」


 俺の意識は、ゴリオの一撃目で吹き飛んだ。


 このまま死んだふりでもしてやり過ごそうかと、意識を手放そうとした瞬間――


「スーパーボディプレーース!!」


 俺はゴリオの下敷きになり、意識が戻る。


「ゴリオジャイアントスイング!!!」


 ゴリオに投げ飛ばされる。


 屋上のフェンスに全身を打つ。


 フェンスがなければ、校舎からそのまま落ちてただろう。


「うほぉおおおおい!! ホームラン!!」


「「ギャハハははは」」「ゴリオやべぇ!」「俺たちもまぜろや!!」「あいつ死んだわw w」


 ゴリオの暴力に、仲間の数人が大受けしていた。


 死んだ方がいいクズどもだと思った。


「ねえ恭平君。もう一度質問だけどさぁ」


 ダクトが俺に尋ねる。


「可愛い妹がいるって本当?

 俺さぁ、最近彼女に飽きててさぁ。出会いが欲しいんだよね

 少なくとも俺好みかどうか、味見したくてさぁ!

 ――正直に答えてくれたらさぁ、このパーティはお仕舞いにするよぉ?」


 ニチャアと不気味な笑みを浮かべるダクト。


 素直に妹を差し出せば、俺への暴行はもしかすれば減るだろう。


 痛くて苦しい。


 正直耐えられない。


 だが俺は力強く答えた。


「だから……知らねえよ……クソが……」


 ダクトは冷たい目で俺を睨む。


 こいつにだけは、絶対に、サチもエミーも渡さない。


「あっそ……なぁゴリオ。

 こいつの教育が足りてないんじゃない?」


「ウッホ。じゃあ全員でボコすか!」


 俺のブレザーとシャツをゴリオは強引に剥いだ。


「制服が汚れないようにしたんだ!

 感謝しろ! ありがとうと言え!」


「……」


「ありがとうと、言えええええええええ!!」


 ゴリオは腹を殴る。


 次に仲間の一人が飛び蹴り。


 次の一人が膝蹴り


 次の一人が連続で腹パン


 そして全員で俺を足蹴にする。


 ただのリンチだった。


 すでにもう、痛みを感じなくなっていた。


 あまりの痛さによって、脳が麻痺したのだろう。


 まるでサバンナのライオンに噛みつかれたシマウマのようだ。


 生存を諦めて、ただ餌になるしかできない。


「さぁ、ありがとうという準備はできたか?」


「……ぁ――」


「聞こえんぞぉおお??? この程度で虫の息になるはずないだろう!!!」


 意識がもうほとんど残ってない。


 その状態で何度も何度も殴られ、蹴られる。


 間違いなく死ぬと感じた。


 俺は死にたくなかった。


 無様にも、生きたいと思った。


 いいや、死ぬのが怖かっただけなのだろう。


 だから俺はゴリオに、『やめて、ゆるして』と言おうと、口を動かした。


 反射的な防御本能だった。


「ぷ――クハハハハははは!!」


 これまでニヤニヤ笑っていたダクトが、なぜか大笑いする。


「いや、もういいよゴリオくん。

 パーティはおしまいだ!」


「うほほほほ? まじ?」


「まじ」


「じゃ、いい汗かいたし、解散だな!!」


 ゴリオとその取り巻きたちは『ふーやれやれ』『つぎはいつかな?』『これからカラオケ行かない?』『いいじゃん!』とか言いながら、屋上の出口に向かった。


 俺とダクトだけが取り残された。


 パチパチパチ、とダクトは拍手した。


「いいもの見させてもらったよ。ここまで耐えたのは恭平君が初めてだ」


「……」


「なあ、俺たちの友情の証に、取引をしよう」


 取引?


 こんなことをしておいて?


 俺はお前に殺されるかと思ったんだぞ?


――でも内心は安堵していた。それだけ死ぬのが怖かった。


「毎週1000円くれよ」


 は?


 意味がわからない。


「たったの毎週1000円払えば、いじめはもう2度としない。俺がゴリオや皆に言い聞かせる。

 もちろんセクハラの誤解も解く。恭平君の妹にも手は出さない。ま、どうせ君の妹なんて大したことないだろうし。——ああごめんごめん。これ冗談だから。

 ……あと、その傷を医者に見せて治してやる。俺の父さんが病院長だから、バレずに治療できるはずだよ」


 クソみたいな話だ。


 お前みたいなクソになんで金が必要なんだよ


 ――しかし、俺にとって悪い話じゃない気がした。


 ――俺が我慢すれば、妹たちは守れる。


 ――たった毎週1000円払えば、いじめはなくなる。


 ――俺が、何も言わなきゃ、これまでと同じ日常


 ――毎週1000円くらいなら、昼食を減らせばなんとか払える


 悔しくて泣いた。


 意味がわかんないくらい、悔しかった。


 でも、俺は選んだ。


「毎週1000円、払えるか?」


「…………はい……払います……だから……許して……」


「よし、取引成立な!

 今から俺の家に連れて行ってやる!」


***


――そのあとのことはあまり覚えてない


――病院に入ったあと、医者に治療を受けた


――見た目だけなら一日で治る、とのことだった


――なので一日入院することになった


――家族には、俺は友達の家に泊まると連絡をしたそうだ


――なので、このいじめは、家族の誰も知らないままだった。


――呆然と病院のベッドに、誰かが入ってきた。


――ダクトと、中学生くらいの少女だ。


「恭平君、様子を見にきたよ?

 調子はどう? あ、喋れない? ……まあいいか

 俺の妹のミサキを連れてきたんだ。是非、今の君を見てもらいたくてね!」


「……お兄ちゃんが見せたいものって、【これ】?」


「そうそう、【これ】だよ」


――ダクトはミサキに話しかける


「紹介するよミサキ。こいつは恭平。俺のクラスメイトで友達だ」


「……お兄ちゃんの友達ってことは、金ズルってこと?」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。友達は友達だろ?

 なぁミサキ、こいつのことどう思う? 好きか? かっこいいか?」


「イジメられて可哀想なゴミムシに見える」


「ははは! 全く容赦ないなミサキは!

 恭平君、女の子からモテる努力ぐらいした方がいいよ? じゃなきゃ永遠に童貞だよ?」


「……」


「——チッ」


「——あはは! お兄ちゃんったらもう!

 ゴミムシに努力なんて無駄だよぅ!」


「気に入ってくれたようだね、ミサキ。兄として嬉しい限りだ。

 それじゃあな、恭平君。また明日な」


――クソ兄妹は、そんな言葉を言い残して、俺の目の前から去っていった。


——本当にクソだ。


——こいつらは人間の屑どもだ


——ダクトやゴリオだけじゃない。女もだ


——ダクトの彼女のように、男を性犯罪者扱いするだけで簡単に人生を潰せる。


——ダクトの妹のように、弱い男を見下しておもちゃにする。


——害悪にもほどがある


――クソ喰らえダクト。


――クソ喰らえゴリオ。


――クソ喰らえクソ女共。


――呪ってやるよクソどもが


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