第11話  裏切り者

 ある日、お母さんが来て言いました。


「今日ね、ミサキちゃんが来てくれるそうよ」


 ミサキちゃん——


 わたしの中学校からの友達です。


 会うのは、夏休み以来。


 その時メイクをしてもらって……それがとってもきれいで……。


 会えるんだ、ミサキちゃんに!


 早く会いたいなぁ!


 ……でも、会うのがちょっぴり怖い。


 こんな姿、ミサキちゃんに見せたくなかったなぁ……


 うしろめたさが湧き上がってきました。


「嬉しいかい?」


——嬉しいよ……でも怖い気もする。


 そう心の中で返事するのでした。


***


「さっちん……久しぶりだね」


 ミサキちゃんは、なんだか元気がなさげでした。


 いつもだったら、「さっちん、よーっす!」 って話しかけてくれるのに。


「夏休みの時以来、かな。

 なんだか信じられないよ。さっちんが、こんな……こんな……」


 ミサキちゃんは、涙をこらえてるような様子です。


 ごめんね、本当にごめんね。


 わたしがこんな怪我しなければ、こんな思いをさせずに済んだのに。


 ただの友達でいられたのに。


「なんだかごめん。突然泣くとか意味わかんないよね。顔見れただけだけで嬉しいって感じで……

 調子はどう? わたしに出来ることはない?」


 友達として面目ない気持ち。


 わたしに構わなくても大丈夫だという気持ち。


 その言葉だけでもわたしの心は救われたという気持ち。


 でも、強いていえば一つだけやって欲しいことがある。


 ミサキちゃんには、ただただ楽しくお話ししてほしい。


 学校のこととか、ファッションのこととか、普通のことの話を。


 でも、そんな言葉も口にだすことも、紙に書くこともできない。


 伝えられない。


「って、こんな質問じゃ答えられないよね!

 じゃあ、適当に話すのを聞いてもらっていい?」


——うん! もちろん!


 すぐにわたしは(心の中で)うなずきました。


 ミサキちゃんに、自分の意思が伝わったみたいでうれしく思いました。


「じゃあさ、この前クラスの友永さんがね——」


 ミサキちゃんはずっと、わたしに話しかけてくれました。


 話の内容は、学校の夏休み明けの出来事。


 わたしがいない間の日常のお話しです。


「――それマジありえねーって感じでみんな突っ込んだの!」


 わたしは笑顔がほころびました。


 久しぶりに笑った気がします。


「……さっちんは変わんないね」


 わたしにとってよくわからない言葉でした。


 多分人生で一番変わっちゃったんじゃないかって思うのだけど。


「もっと荒んでるって勝手に思ってたの。

 自分だったらそうなるなって」


 わたしだって、荒んでないわけがないよ。


 ずっと元通りの日常に戻ってほしいって考えてる。


 苦しいよ。


「わたしってさ、心が弱いから人に八つ当たりしたりして、色々酷いことしてきたから……

 ……さっちんはすごいなぁ。正直尊敬してる」


 尊敬だなんて……


 ミサキちゃんに褒められるのは、とっても嬉しいけど!


「じゃあまた、他の話するね」


 そして、しばらくミサキちゃんのお話を聞いた後、お別れをするのでした。


 ミサキちゃんは、「また会いに行くから」とわたしに言い残していきました。


 わたしは別れた後も、高揚感でいっぱいでした。


 とっても楽しい気持ちでいっぱいでした。


 最初は会うのが怖かった。


 だけどそれが杞憂だと分かった。


——ああ、会って良かったなぁ


 そう思いました。


***


〜妄想〜


「おはようミサキちゃん!」


「さっちん、よーっす!」


「もうすぐ卒業式だね」


「いやあ色々あったねぇ。学校生活」


「色々あったねぇ学校生活」


「何が特に面白かった?」


「わたしは、文化祭かなぁ」


「わかる! クレープがめっちゃ美味しかった」


「メイドカフェしてたクラス、素敵だったなぁ」


「本格的だったよねあそこ! 本物のメイド喫茶だと思ったよ」


「ふふ、わたしたちのクラスもメイド喫茶やればよかったね」


「はは! 確かに。

 んで、やっぱりわたし一番の思い出は、さっちんが大怪我したことかなぁ」


「んもう! その話禁止!」


「はは、もう治ってよかったよかった! お互い進路も決まったし、めでたく卒業だね」


「ふふ、一緒に卒業できてわたしも嬉しいなぁ」


***


〜現実〜


 ギィ、と扉が突然開きました。


 わたしは楽しい妄想の世界から現実に引き戻されました。


「サチ」


 入ってきたのはお兄様です。


 もしかして前のように、一緒にアニメを見にきたのでしょうか。


 だとすれば、わたしも嬉しいです。


「……なぁサチ。俺の話を聞いてくれないか?」


——お兄様? どうしたの……そんな怖い顔して……


 お兄様は澱んだ目で、わたしを見つめていました。


 アニメを見るためのタブレットも持ってない様子です。


 話って、なんだろう。


「前、俺言ったよな。お前のことが嫌いじゃないって」


——うん、覚えてる。


 わたしが事故に会う前の深夜、エミちゃんの部屋の前でお兄様に言われたこと。


 わたしがお兄様のこと大好きだって告白して、そして嫌いかどうかを尋ねて、『嫌いじゃない』って答えてくれた……。


 それがどうしたの……?


「嫌いじゃないって言葉の意味、お前に分かるか?

 いや、むしろ分からなきゃおかしいよな?

 ――なぁ??」


 一体、何を言ってるの、お兄様!?


 そんなこと言われても分からないよ……


 何を怒ってるの?


 なんで、そんな怖い目でわたしを見るの?


「俺は、お前のことが嫌いでも好きでもない。

 ――お前が憎いんだよ。裏切り者」


 憎い……?


 裏切り者……?


 わたしがお兄様を、裏切ったの……?


 分からない。


 何が何だか、全然分からないよ、お兄様。


 お兄様は、優しくて、わたしにとってのヒーロー。


 お兄様のことが、ずっとずっと大好きで。


 子供の頃から大好きで。


 今でもお兄さまのことが大好きで。


 愛してるのに。


 なのに、なんで……?


「サチ、俺はな……最初にお前が事故で大怪我したって聞いた時……ざまぁ見ろって思った……!」


——え


「これは天罰!

 そして当然の報い!

 ……俺はその時、胸がすぅってしたよ」


 呼吸が苦しくなりました。


 頭の中がごちゃごちゃで、酷い頭痛のよう。


 なんで、なんで、なんでこんなに……わたしを憎んでるの……? お兄様……?


「お前からの嫌がらせはうんざりだった!

 これでようやく終わるんだって、マジで嬉しかった!

 ……でも、俺、分からなくなっちまった……!」


 お兄様は、泣いていました。


「お前の怪我を実際に見て、一緒に暮らしてさ。

 流石にこれはやりすぎだろ、天罰にしては……重すぎるって!」


 怒りの眼を、わたしに向けて。


 悲しい眼を、わたしに向けて。


「お前、なんでこんなことしたんだ?

 俺のこと、笑ってたんだろ?

 見下して、笑いものにして!

 馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして。

 全部知った上で!!

 ……俺……サチのこと……大切な妹だと思っていたのに……」


——わたし、お兄様のことを見下したことなんてない!


——絶対にない!


——笑いものにしたこともない!


——わたしにとっても、お兄様は大切なお兄様だよ!


——どうしてなの?


——教えてよお兄様!


——わたしはお兄様に、何をしてしまったの——!?


「全部『あいつ』から聞いたんだろ??」


——あいつ?


「お前のお友達の、ミサキって奴から!!」


——ミサキ……ミサキちゃん……?


――なんで、ミサキちゃんの名前が出てくるの……?


「俺のこと、イジメられてる弱虫だってさ!!」


——いじめ!?!?


――お兄様が、イジメられてるってどういうこと……?


「平岡ミサキの兄――平岡ダクトに、ずっとイジメられてたんだよ!! クソが!!」


 この言葉を聞いて、ようやくわたしは自覚しました。


 わたしは、何も知らなかったということに。


 本当に何も知らなかった。


 ミサキちゃんのお兄さんが、お兄様をイジメてたことなんて。


 知らなかった。


 何も、何一つ知らなかった。


――ミサキちゃんは


 あの笑顔が大好き


――わたしの中学校からの友達で


 明るくって、一緒にいるだけで楽しい


――お兄様とわたしの仲を引き裂いた


 素敵な友人だった女の子。


「それが分かっててあの女を家に連れてきてたんだろ……? 俺のことが嫌いだったのか??

 なんでなんだ……お前がそんなことさえしなければ、俺はずっと、サチの兄でいられたのに……」


 お兄様は、涙を手で拭った後、背を向けました。


「じゃあなサチ。言いたかったことはそれだけだ」


 そして去りました。


――ああ


――あああああああああ


――嘘だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

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