第9話 三兄妹の長女の新たなる始まりは終わりと不幸の始まりで終わりでもあったチョコレートと抹茶のような苦み

「うう……わたしのバカ……」


 わたしは朝からずっと布団の中で自己嫌悪してました。


「お兄様にバカって言っちゃった……」


 感情的になって、自分でもひどい悪口を言ってしまったのです。


 確かに、お兄様がエミちゃんを好きだって言って嫉妬したのは事実です。


 けれどもお兄様がロリコンだからなんだって話じゃないでしょうか?


 ロリコンでもお兄様はお兄様。


 わたしはそれを受け入れるべきだったのに……


「バカはわたしだよぉ……ぐすん……」


 本当はお兄様に謝らなくちゃいけない。


 けれど、お兄様に会わせる顔がない。


「……どうしたらいいのかなぁ」


 お兄様と仲直りする方法——


「そうだ、お兄様が好きなものをプレゼントすれば……!」


 わたしはがばっと布団から起き上がりました。


 なんていいアイデア!


 お兄様が好きなものといえば、チョコレート。


 なおかつ、わたしとエミちゃん——兄妹全員の共通の大好物!


 チョコレートさえあれば、お兄様もエミちゃんも、わたしもうれしい。


 それじゃあ、さっそく出かけよう。


 バスに乗ろう。


 そして、ここよりも都会な所で買い物しよう。


 一人でいろんな店を探そう。


 お兄様と仲直りするために!


***


 街をふらふらと歩きました。


 外は真夏で、ゆだるように蒸し暑いのです。


「ああ……わたしもチョコレートのようにとけちゃいそう……」


 ときどきスマホのマップを見ながら、ネットでおすすめのチョコレートショップに足を運びました。


「わぁ」


 店に入れば、チョコレートの甘い香りが漂ってきました。


 色とりどりのチョコレートや、チョコレートを使ったクッキーやケーキ。


 どれもこれも、全部食べたくなるほどおいしそうでした。


「特にこの、生チョコ抹茶ケーキなんて特においしそう! 食べたいなぁ……——は!?」


 抹茶スイーツ。


 それはわたしにとっての大好物。


 しかし、兄弟にとっての好物ではないのです。


 過去の苦い思い出がよみがえってきます。


***


「お兄様! エミちゃん! 抹茶シフォンケーキを買ったので、一緒に食べたいなぁ!」


「俺はいい。抹茶は好かん」


「あー……苦いからいらない。おねえ一人で食べて」


「がーん!」


***


 今でもわりとショックです……


 抹茶の香りと苦みがおいしいのに、分かってもらえないだなんて……


 抹茶よりも苦い思い出です。


 そしてわたしは、生チョコ抹茶ケーキから離れました。


 今必要なのは、お兄様と仲直りの為のプレゼント。


「……お兄様が好きそうなもの……好きそうなもの……」


 ぜ、全然決まらない……。


 かれこれ10分以上見て回ってるのに、なんだかこれ、っていうのが見つかりません。


 よく考えたら、この前も、スコーンを作ってお兄様と仲良くしようとしてたんだった。


 でも結局、お兄様とあんまりお話しできずに終わって……


「……今、買うのはやめよう……はぁ……」


 何も買わずに店から出るのでした。


***


 ゲームセンターに、カラオケ屋さんに、ショッピングモールに、本屋さんに


 気分転換しようと、色々なところを見てまわりました。


 でも


「はぁ……あんまり楽しめないよぉ」


 わたしはお兄様が好き。


 けど、お兄様はエミちゃんが好き。


 なら、エミちゃんはお兄様のことをどう思ってるのだろう?


 多分、エミちゃん本人は嫌いっていうだろう。


 でも、わたしからみれば、二人はとっても仲良しだ。


 二人で遊んでて、二人で喧嘩して、二人で笑ってる。


 わたしは蚊帳の外。


 お兄様を愛してるのはわたし。


 エミちゃんがお兄様を愛するよりも、きっと大きな愛情。


 努力だってした。


 お兄様のためにできることをした。


 告白だってした。


 なのに、お兄様はエミちゃんのことが好きで、わたしのことは別に好きじゃない。


 なんでだろう。


 胸が苦しい。


 泣きたい。


 でも、こんなところじゃ泣けるわけない。


 ――そんな時でした。


 プラネタリウムという文字が見えたのです。


 どうやら目の前に見える建物は、科学館らしい。


「……そういえばここに来るの、久しぶり。子供の時以来かなぁ」


 思い出すのは子供の時。


 お父さんお母さんと、お兄様とエミちゃん。


 家族一緒にみた、プラネタリウム。


 小さなわたしにとって、とっても新鮮で、面白かったのです。


 でもお兄様は途中で寝て、ずっと起きて来なかった様子でした。


 それ以来、一度もプラネタリウムに来たことはありませんでした。


「わたし一人でも、楽しめるかなぁ」


 しばらく悩みました。


 しばらく悩んだ末に、わたしは決心しました。


 別に今、お兄様と一緒にいるわけじゃないんだ。


 わたしがみたいものを見よう、そう思い、チケットを買ったのでした。


***


——空の光は全て星


 自分は夢の中にいるんじゃないか?


 そう思うほどに、夢心地でした。


——これは、はくちょう座、うしかい座、こぐま座


 何億光年先の星の神秘。


 分かりやすくいえば、とっても感動したのです。


——デネブ、アルタイル、ベガ


——この三つの星を指して、夏の大三角形と呼びます。


 夏の大三角形。


 プラネタリウムに投影された三つの大きな星を見たわたしは、まるで自分たち兄妹のことのように思いました。


 お兄様、わたし、エミちゃん。


 わたしたち兄妹は、違う星だけど、繋がってる。


 たくさんの星々が光り輝く中で、わたしたちは出会いました。


 奇跡なのです。


 お兄様には、お兄様の輝きがある。


 エミちゃんには、エミちゃんの輝きがある。


 わたしにも、きっとわたしなりの輝き方があるはずです。


(ああ、いいんだ。わたしだけが抹茶好きでも——

 好きなものや嫌いなものは、別に一緒じゃなくていいんだ——

 ……じゃあ、お兄様はエミちゃんのことが好きでもいいんだ——

 エミちゃんだって、お兄様のことが嫌いでもいいんだ——)


 わたしは、三兄妹の長女で、真ん中に生まれました。


 お兄様に振り回されたし、エミちゃんにも振り回されて、大変だなぁって思うことがあります。


 でも、わたしは二人とも好き。


 この兄妹が好き。


 三人一緒に、輝いていたい。


 たとえ、わたしの恋は叶わなかったのだとしても——


 たとえ、妹にお兄様を取られたのだとしても——


 夏の大三角形のように、兄妹一緒がいいのです。


 みんな違って、でもどこかで結ばれた、そんな兄妹一緒に。


(夏の大三角関係……なんちて)


 とか変なことを考えてみたりするのでした。


***


「ふっふふーん、ふっふふーん」


 ご機嫌なわたしは、鼻歌を歌いながら、スキップしました。


 そして手には紙袋。


 中身は、お兄様が好きそうなチョコレートと——


 そして、わたしが食べるための生チョコ抹茶ケーキ。


 プラネタリウムを見終わったわたしは、すぐにチョコレートショップに向かい、買い物を終えました。


 わたしは自分が好きなものに正直になった途端、すぐに買うもの決まりました。


「お兄様とエミちゃん、喜んでくれるかなぁ」


 おいしそうなチョコレート。


 喜んでくれたら、とっても嬉しい。


 でも、喜んでくれなくても構いません。


***


~妄想~


「ふん! こんなチョコレートで俺がお前を許すと思ったか? 馬鹿め」


「おねえ、このチョコ微妙じゃない??」


「——あっちゃぁ! 失敗しちゃったかぁ! てへ!」


「サチ!?」「おねえ!?」


***


〜現実〜


「そこで、わたしがいい感じにぃ、『失敗は成功の母、次こそ二人に喜んでもらえるように頑張るね』と言って、二人が『サチ、変わったな』『おねえ、見直した。尊敬する』っていうんですえへへ……」


 きっとどんなことが起こったとしても、わたしにとってはいい思い出になるに違いありません。


 星の数だけ、輝きがあるのだから。


「そうだ、夜になったら星空が見たいな。

 お兄様とエミちゃんと——三人で見たいなぁ……」


 誘ったら来てくれるでしょうか?


 お兄様は、わたしのことを避けてるようなので、来ないかもしれません。


 ……でも、それでもいい。


 お兄様がわたしに心を開くその日まで、ずっと待ちます。


 だって——


——キ


——キキィーーーーーー


——ガン、と聞き慣れないほどの大きな大きな大きな大きな


 音がした瞬間


 体に衝撃が走った瞬間


 視界が2回転半した瞬間


 走馬灯がフラッシュバックした瞬間


 そして最後に、「みんなごめんね」と思った瞬間


 意識が吹き飛んだ。


***


 お兄様がわたしに心を開くその日まで、ずっと待ちます。


 だって——


 わたしは、お兄様の妹なのだから


***


~一週間後~


 わたしは病院のベッドから目覚めました。


 最初に見た顔は、お母さん。


 わたしが起きたことに狂喜乱舞してました。


 わたしは何か言おうとしましたが、声が出ませんでした。


 わたしは体を動かそうとしましたが、動きませんでした。


 医師から説明がありました。


「君は交通事故に巻き込まれました」


 なぁんだ、そうだったのか、と思いました。


「そして頸髄を損傷しています。なので、これまでのように体を動かすことは今後出来ません」


 そしてわたしは、絶望ってこんな感じなんだって思いました。



ーーーーー

前半を最後まで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m

後半は一か月後に発表する予定です!

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