第8話 三兄妹の長男は次女に謝罪し長女の告白を断る罪悪感

 夜の10時。


 いつもであればベッドに入る時間。


 ベッドの横で、聞き耳を立てました。


 だれかが廊下を通れば、足音が聞こえます。


 わたしの部屋とエミちゃんの部屋は隣同士になっているので、お兄様がエミちゃんの部屋に向かえば気づくはずです。


「……」


 夜の静けさの中、わたしはただただ息を潜めました。


 少なくとも深夜12時ぐらいまで待ち続けました。


 そして——


 がた、がた、と足音が聞こえてきました。


 おそらくお兄様の足音。


 でも、少なくとも実際にその姿を見るまでは信じたくない気持ちでした。


 わたしは覚悟を決めて、誰が居るのかを静かに覗きました。


 間違いなくお兄様でした。


 エミちゃんの部屋の前に立ち、ドアに手をかけようとしていました。


「——お兄様」


 わたしは、自分の部屋から出たのと同時に、お兄様に呼びかけました。


「!? サチ」


 逃げようとするお兄様。


「待ってくださいお兄様」


 そしてお兄様は逃げるのを止めて、わたしを鋭く睨みつけました。


「なんだ?」


「……お兄様。エミちゃんは今、静かに寝てるよ?」


「……ああ」


「お兄様はこんな時間に何をするつもりなの?」


「お前には関係ない」


「エミちゃん困ってたよ……お兄様に夜這いされそうになったんじゃないかって」


「……」


 お兄様は、しゅん、と静かになりました。


 反省の色のようなものが見えました。


「わたしね、お兄様の気持ちが知りたいの。

 力になってあげたい。

 ——だめなのかな?」


「……お前にはだめだ」


「——」


 わたしは、怖い。


 これ以上、拒絶されるのが怖い。


 でも、


 それでも、


 わたしは、


「わたしは、お兄様のことが大好きです」


「……」


「ずっとずっと前から大好きでした。いじめられたわたしを、お兄様はヒーローのように助けてくれた。

 繊細で、気難しいところも大好き。

 だって本当は、優しいんだってこと、わたし知ってるよ。

 お兄様は、わたしにとっての最愛のヒーローなの」


「……」


「お兄様は、わたしのこと、どう思ってるのかなぁ……」


「……」


「お兄様は、わたしのこと、嫌い、なのかなぁ……」


 泣きそうで、かすかに震えるわたしの声。


 そして、お兄様は静かに答えました。


「別に、サチのことは嫌いじゃない」


「——」


 その言葉に、心が動きました。


「本当……? うそじゃないよね……? お兄様……?」


「……別に嘘は言ってない」


 わたしはもう、泣きそうな気持ちでした。


 お兄様から嫌われてなくて、本当に良かった……


「……おい、サチ」


「お兄様?」


「別にお前のこと、嫌いじゃないが、好きでもなんでもないからな」


「へ? へ??」


 お、お兄様?


 好きでも嫌いでもないって、それってどういう意味ですか??


「俺がどうしてエミーの部屋の前にいるのかだって?

 エミーのことが好きだからに決まってるだろ」


「——え」


 エミちゃんは、まだ中学1年生ですよ……?


 可愛い妹なのは認めるけど……それじゃまるで


 ロリコンさんじゃないですか……?


「はわわわ、お、おおお、お兄様」


 信じられません。


 そして、信じたくありません!


「もう分かっただろ? 俺はエミーと寝るんだよ。

 じゃあおやすみ」


***


〜妄想〜


「エミーぐらいの年頃の少女が最高だぜ!

 サチ? はぁ……。高校生って聞くだけでテンションが下がるね」


「ごめんおねえ……代わってあげたいけど、おにいが私じゃなきゃダメだってさ」


「たとえ大切な妹でも、小中を越えたら守備範囲外なんだわ。

 昔のお前は可愛かったぜ? 今は別だけど。

 ロリコン兄貴でわりぃな! サチ!」


***


〜現実〜


「ぬわぁああああん!! お兄様のバカァ!!」


「……」


 わたしは、精一杯の罵倒をして、自分の部屋に走り去りました。


 そしてベッドの中で、お兄様がエミちゃんとイチャラブしている幻覚に苦しみながら、ベッドの中でホタテのように閉じこもり、夜明けを悶々と過ごすのでした。




***


〜エミ視点〜


「ねえ、おにい」


 おねえがいなくなった直後、おにいに話しかけた。


「……エミー、起きてたのか?」


「おにいがこんなことして、寝れるわけないじゃん」


「……」


「ねえ、なんでおねえにあんなこと言ったの?

 あたしが好きだからって、絶対嘘でしょ」


「嘘じゃない」


「……それがマジだったら本当にきしょいんだけど……

 でもそれより……おねえのことが、好きじゃないとか、嫌いじゃないとか、どっちなのさ?」


「うるさい黙れ」


「……言いたくないわけ?」


「……うん」


「素直でよろしい」


 性格が捻くれ曲がってるおにいにしては、正直な反応だった。


 ……とはいえ、昔からここまで捻くれた性格だっただろうか?


 わたしが小学生だった頃のおにいは、もっと明るい性格だった。


 今はなんだか陰湿で、影があるように思う。


 おねえのいう通り、おにいの様子が変なのは、間違いなさそうだ。


「……何があったか、言いたくなったら言って。聞くからさ」


「……ウルセェ」


「わ か っ た?」


「……うん」


「じゃあ、おにい。おやすみなさい。

 あと妹の部屋に勝手に入るなし」


 あたしが部屋に戻ろうとした時、


「待て」


 おにいが引き留めた。


「……何?」


「風呂に無理やり誘ったこと、謝りたかった」


「……え? ……えぇ??」


 今なんでその話題が?


 確かにその時、めっちゃムカついてたけど……


 ここで、はっと気づいた。


「もしかして、こっそり謝るために、夜わたしの部屋に入って来たわけ??」


「何が悪い?」


「朝か昼に来い!! 馬鹿おにい!!」


 あたしはドアをガタンと閉めて、おにいを追い出した。


 そして、はぁ、とため息をついた。


「本当に、馬鹿おにい。さっさと元気になれ」


 小さな声で、エールを送るのだった。


 その時の兄の顔を、ちゃんと見ておけば良かったと思うのは、しばらく時間が経ってからだった。

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