第4話 三兄妹の長女は友人の精いっぱいのオシャレメイクで優勝したかったけど涙の味しかしない塩味

 お兄様との接触禁止令が言い渡され、数日後。


「……お兄様……会いたいなぁ……さみしいよう……」


 あまりにも圧倒的なお兄様不足に陥って廃人となったわたし。


 あまりの悲しさに、ベッドに横になりながら、インコのように同じ言葉を繰り返しました。


 ピピピピピ


「……あ」


 ベッドの横に置いてあるスマホから着信音がなりました。


「……電話……取らなきゃ……」


 腕はまるで鉛のようです。


 けど、なんとか必死に電話にでることが出来ました。


「はい……さちです……」


「よーっす! さっちん」


 電話からハツラツな声が聞こえました。


「ミサキちゃん!」


 わたしは驚き喜びました。


 電話の相手が高校の同級生で、中学から仲良しの親友、平岡美咲<ひらおかみさき>だったからです。


「元気してた?」


「元気してたよ! ミサキちゃんはどうですか?」


「まあまあかな」


 お互いの近況をしばらく話しました。


 とても面白く、枯れた朝顔だったわたしの心が水気を取り戻していきました。


「それでー、明日さっちんの家に遊び来ていい?」


「いいですよ!」


 そんなこんなで、友達が家に遊びにいくことになるのでした。


***


~次の日~


 ピンポーン。


「上がってください!」


「お邪魔しまーす」


 ミサキちゃんは、薄手のシャツにショートパンツで、涼しそうな格好でした。


「外、まーじで暑いから大変だった」


「冷たい麦茶ありますよ」


「ありがと、助かる」


「先にお部屋に上がってて」


「おっけー」


 ミサキちゃんとお部屋の中でおしゃべりしました。


「最近メイクにハマっててさー」


「そうなんだね」


「んで、あんたで試そうってわけ」


「ええ! わたしがメイクですか!」


「いい?」


***


~妄想~


「サチ、その顔——」


「友人のミサキちゃんにしてもらって……どうですか? お兄様」


「綺麗だ……」


「うれしいです、お兄様」


「唇がまるでルビーのように輝いてる。

 ——キス、してもいいか?」


「——もちろんです! お兄様」


 二人は熱いキスを——


***


〜現実〜


「お願いします、ミサキちゃん!」


「お、のりのりだねぇ~ 彼氏のため?」


「彼氏じゃなくて運命の旦那様……わたしのお兄様のためです」


「やれやれ、あんたのブラコンには参るよ」


「ふふふ、ありがとうございます。ミサキちゃん」


 そしてわたしはミサキちゃんにメイクをしてもらいました。


「これって……」


「すごいでしょ?」


「すごいです……こんなに変わるなんて」


 自分の顔がまるで別人みたいに可愛らしくなっていたのです。


「シンデレラの魔法みたい……」


「あっはっは、受けるぅ! ほめ過ぎだって」


「うんん、プロの腕前ぐらいあるんじゃないですか?」


「……だったら……プロ目指しちゃおうかな……なんて」


「とってもいいと思います! 応援してます!」


「~~~~! 言い過ぎ! ほめ過ぎ!」


 わたしは大げさに照れ隠しするミサキちゃんを横目に、愛しいお兄様のことを想像しました。


「お兄様、よろこんでくれるかなぁ。可愛いって言ってくれるかなぁ」


「……そういえばあたし、さっちんの兄、見たことないんだよね」


「お兄様は人見知りするので、家族以外の人が家にいると、部屋の中に籠っちゃうんです」


「あーなるほどね」


「でもそんなお兄様が好き……」


「へーそうなんだ」


「お兄様は、心開いた相手にはとっても優しくてね! そしてヒーローみたいに助けてくれるの!」


「……いいお兄ちゃんだね」


「——あ」


 その時、ミサキちゃんがちょっと困ったような顔をしていました。


「み、ミサキちゃん……その……」


「うんん、ちょっとうらやましいなって思っただけ」


「……」


 ミサキちゃんと出会ったばかりの頃を思い出しました。


 詳しくは知りませんが、家庭環境で辛いことがあったらしく、中学時代は荒れてた様子でした。


 わたしから話しかけていくうちに、今のように明るくなりましたが、それでもやっぱり傷が消えたわけではないのでしょう。


「ご、ごめんなさい……余計な事ばかり言って」


「……さあて、次はヘアアレンジしますか!」


「おお! 髪の毛ですね! お願いするね!」


「それ終わったら、写真撮って、クラスのグループラインに送って」


「それは止めて! 恥ずかしい!」


「あはは!」


 暗い話しを切り替えて、楽しい時間を過ごすのでした。


***


 ミサキちゃんとの時間はあっという間に過ぎました。


「もう夕方だ……名残惜しいなぁ」


「またいつでも会えるじゃん?」


「ふふ、そうだね」


「それじゃ、今度また誘うから」


「うん、楽しみにしてるね」


 そしてお互いお別れしました。


 わたしは、手鏡で自分の姿を見ました。


 髪の毛は綺麗に編んでて、眼がキラキラしてて、肌も輝いていました。


「……私じゃないみたい」


 すぐに、お兄様に見てもらいたい。


 そして綺麗だって、褒めてもらいたい。


 わたしはすぐにお兄様の部屋に向かいました。


 接触禁止?


 そんなの頭の片隅にも存在しません!


 兄と優勝! 勝利! ゴールイン!


 そのためには、わたし、悪い子にだってなります!


「お兄様、入りますね」


 ドアの前でそう尋ねると、お兄様が返事をしました。


「……アイツは帰ったのか?」


 アイツというのは、おそらくミサキちゃんのことでしょう。


「はい、ミサキちゃんは帰りましたよ」


「……そうか」


「お兄様、お部屋に入ってもいいですか?」


「ダメだ」


 冷たい声でお兄様はいいました。


 わたしは少し動揺しました。


「ご、ごめんなさい。忙しいよね……少し待つね」


「ダメだ。帰れ」


 帰れ……?


 お兄様……なんでそんなことを言うの……?


 さらに動揺したわたしは、ドア越しに説得しようと兄に話しました。


「じ、じつはね! ミサキちゃんにメイクをしてもらったんだよ……! 自分でも驚くぐらいかわいくなってね……!

 お、おにいさまに……見てほしいなって……」


「少しも似合ってねえよ」


「——え」


「帰れ」


 おかしいなぁ……


 なんでだろうなぁ……


 こんなはずじゃなかったのになぁ……


 なみだが……あふれて……


 あたまがくらくらして……


「ごめんね……かえるね……」


 帰らなきゃ、自分のお部屋に


 まだ、まだ泣いちゃだめ。


 苦しいけどがまんしなきゃ


 そして、わたしは自分の部屋に入りました。


 かちゃん、と静かに扉を閉めた後、その場にへたり込みました。


「う、うぁぁああああん! あああああ」


 じぶんでもわけわからないくらい泣いた。


 ごめんね、ミサキちゃん。


 メイクが台無しになっちゃった。


 悲しくて悲しくて。


 ずっと悲しくて泣き続けました。


 お兄様から似合わないって言われて悲しかった。


 ミサキちゃんに申し訳なくて悲しかった。


 でも、一番悲しかったのは——


——お兄様に一目も見てもらえずに拒絶されたことでした。

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