第2話 三兄妹のお兄様はお星さまのようなヒーロー(過去形)だった苦み

 これはわたしが小学生だった頃。


 クラスの中で、とびきり陰湿な人たちが居ました。


「いやーん、サチってばキモイぬいぐるみ着けてるぅ」


 下校中にその人たちが、わたしがランドセルにつけた、好きなキャラクターの小さなぬいぐるみを見て言いました。


「きもくないよ」


「きめえんだよ。よこせ」


 ぬいぐるみの細い紐がちぎれる。


「やめて! 返して!」


「うわ、だっせ」


「見せて見せて、うわ、気持ちわる!」


「いやーん、サチってば趣味わるー」


 わたしは泣き出しました。


「あーあ、泣いちゃった」


「その程度で泣くかふつー??」


「あらーサチってば、甘やかされて育ったのね~。かわいそう……顔ぶっさ」


「「「ぎゃははは」」」


 心無い言葉に、心が傷つけられる。


 すぐに逃げたい。


 だけど、ぬいぐるみを置いて逃げるが出来なかった。


 そんな時だった。


「おい、こらぁ!!!」


 その声はわたしの最も頼れる大切な人——


「ひっぐ、お、おにぃちゃあーーん!」


「サチ、どうした!?」


「ぬいぐるみ゛とら゛れちゃったーーー!!」


「……そうか、分かった」


 兄はギロリ、とそいつらを睨みつける。


「おい、よくも俺の妹を泣かせたな? あ??」


「ひ——」


 そいつらは年上の兄にびっくりして、すぐにぬいぐるみを置いて逃げていきました。


「大丈夫か? サチ」


「あ、ありがと……」


「怪我とか無いか?」


「うん、大丈夫」


 兄はニコリと笑いながら、わたしの頭をぽんぽん、と撫でました。


「はっはっは! またあいつらに絡まれたら、俺様に言いつけてやる! って言えば安心だ」


「うん! 分かったよお兄ちゃん!」


「違う」


「?」


「俺のことは、お兄様と呼ぶがいい! はっはっは」


「……」


 わたしは、尊敬と愛情の念を込めて言いました。


「分かりました! お兄様!」


***


 そして今現在。


「エミー! 回復くれ!」


「手一杯だから無理ー」


「クソ、やべえ死ぬって!」


「……ほい、回復」


「ふん、なんとか間に合ったようだな」


「うっぜー」


 お兄様はいつもエミちゃんとゲームしてます。


 わたしはゲームの輪に入れません。


 わたしとあんまり遊んでくれないのです……


「しかし! 今日は秘密兵器を持ってきました!」


 お兄様とエミちゃんが遊んでる間に、生地をこねこねして、焼いたお菓子。


 出来立てほやほやの、手作りスコーンが大皿いっぱいに出来上がりました。


 スコーンにはチョコチップがゴロゴロ入ってます。


 実はわたしたち三兄妹は皆、チョコレートが大好物なのです。


 なので、このスコーンをお兄様が気に入らないはずがありません。


「うふふ、これでお兄様と……」


***


~妄想~


「なんておいしいスコーンなんだ!」


「ふふ、ありがとうございます。お兄様」


「紅茶も一緒に飲めば、もう食べることが止められない! 俺はスコーン食べマシーンになってしまう!」


「もちろん、たくさん用意してますので、いっぱい食べてくださいね!」


「俺の為に毎日スコーンを焼いてくれ」


「お兄様♡」


「結婚しよう」


「は、はい……♡」


***


〜現実〜


 わたしはさっそく、ゲームで遊んでる二人にいいました。


「お兄様、エミちゃん! スコーンが焼けましたよ!」


「わあ! 食べる! おねえのスコーン!」


 エミはゲームを中断して、さっそうと食卓に向かおうとしました。


「おいエミ―! まだ途中だぞ!」


「はぁ! ゲームすんの疲れたんだけど!」


「ゲームしながら食えばいいだろ」


「無理。やだ」


「無理じゃない」


「あほくさ」


 エミーは不機嫌そうに食卓に向かいました。


 そして不機嫌そうなお兄様に、わたしは話しかけました。


「あ、あのねお兄様。スコーン、とっても美味しく焼きあがったの。

 チョコレートもいっぱい入れたよ。

 一緒にたべたいなぁ……」


「…………ああ」


 お兄様はゆっくり立ち上がって、食卓に向かいました。


 わたしはその時、ほっと、胸をなでおろしました。


 断られるかもしれないって、少しだけ思ったから。


 ちゃんと食べてくれることが嬉しかったのです。


 お兄様と食卓に入ると、エミちゃんはもうスコーンを食べていました。


「おいしい。めっちゃいい感じに焼けてるよ、おねえ」


「ふふ、ありがと。エミちゃん」


 お兄様も椅子に座って、スコーンを食べる。


 黙々と、そして早食い選手のようにそそくさと食べました。


「味はどうですか、お兄様……」


「……ふつー」


「そ、そうなんだね! うれしいなぁ!」


「……」


「……二人にダージリンの紅茶淹れるね」


 わたしは用意していたティーポッドからお茶を用意しようとする。


「ありがとうおねえ!」


「もぐもぐ……うにう」


 わたしはお兄様の言葉がよく聞こえませんでした。


「お兄様、なんていいました?」


「……牛乳!」


「あ、牛乳ね! 今から牛乳もってくるね!」


 わたしはすぐに、グラスに牛乳を注いで、お兄様のテーブルに出しました。


 お兄様はごくごくと牛乳をすぐに飲みました。


「エミちゃんの紅茶はこれから淹れるからちょっと待ってね」


「おねえ、紅茶はいらないからさ、一緒に食べよ?」


「そ、そう? それじゃあ一緒に食べるね!」


 わたしは席に座って、スコーンを取りました。


 ホカホカ暖かくて、我ながらとっても美味しそうです。


「それじゃあ、いただきます」


 外はかりかり、中はほろほろで、チョコレートがほろ甘い、おいしいスコーン。


 しかし、わたしが一口食べた時、お兄様は立ち上がりました。


「もういい」


「お、お兄様、もうおなか一杯なんですか?」


 お兄様は牛乳とスコ―ン3切れをさっさと食べ終わって、食卓から去りました。


 お兄様と楽しくおしゃべりしながら食べるはずだったのに……。


 そのためのスコーンだったはずなのに……。


「おいクソおにい! ごちそうさまぐらい言ったら??」


 エミちゃんの言葉にも反応せず、お兄様はどこかに行きました。


「なんなの、あいつ。あの態度、何様??」


 エミちゃんは悪態をつきました。


「……お、お兄様は悪くないよ! エミちゃん、すぐにダージリン淹れるね!」


「おねえ、なんでクソおにいのことをかばうの?」


「……いつも言ってることだけどね」


 わたしは昔のことを思い出しながら、いいました。


「お兄様は、優しくて、強くて、かっこよくてね! 素敵なヒーローなんだ!

 いじめっ子にいじめられてたわたしを——」


「それって、昔の話だよね??」


「——そ」


 そんなことないよ、というつもりが上手く口に出来ず、言葉に詰まりました。


「はっきり言って、あんなの兄だなんて認めたくない。キモイにもほどがある。

 ……おねえも目を覚ましてよ」


「…………」


「おねえ、スコーン、ごちそうさま。すごくおいしかったよ」


 エミちゃんは席を立ち、どこかに行きました。


「……それでもね」


 これはわたしの独り言で、正直な気持ちだった。


「わたしは、お兄様とエミちゃんとで、三人仲良く一緒にいられたらなって思うんだ」


 お兄様は確かにちょっと様子がおかしい。


 それでもお兄様はね、本当は優しい人だってことを知っているんだ。


 だから例えどんなことがあろうとも、わたしはお兄様のことが大好きなのだから。


「……いただきます」


 この願いが通じることを願って、余ったスコーンをむしゃむしゃと食べまくるのだった。

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