第8話 月を冠する

side エティ


「······夢、か」


ふと目を開けた。

どうやら仮眠のつもりが結構時間が経ってしまったらしい。

とは言っても三十分ほどの仮眠が一時間に伸びた程度だ。

大した問題は無い。


母さんに料理を運んで、換気して、それから掃除を······。


そこまで考えて、ついさっき連れてきた少年の存在を思い出す。


「······あー、そうだ······」


寝起きで重い体を動かして、ふらふらと床に降りた。

そして備え付けの机の上に丸まったぼろ雑巾のような物体を手に取る。


少年に部屋を与えたもののあまりにも汚かったので風呂に入れてきたのだ。

入り方が分からないと言うのでレクチャーして、服を置いて、彼の脱いだ服を回収して部屋に戻ってきた。

いつもは仮眠を取っている時間だったのでそこで眠気が襲ってきて、それで寝ていたのだ。


時計をちらりと見る。


「······流石に寝てるよね」


少年のところを尋ねるのは明日にするとして······。


「母さんに会いに行こう」


***


僕の母は、とても美しかった。

そして山奥で育って、常識知らずで無垢だった。


それは弱みにもなったが、母の魅力にもなった。

女はまるで娘や妹のように、男は一人の女として、彼女に魅了されたという。

月光を紡いだようなプラチナブロンドに、夜闇を映しこんだような濃紫の瞳。

母は両親を失って、一人人里に降りてきた。

そして、ある男と恋に落ちた。


母は子供を身篭った。

それが僕だった。

けれども、男は嘘つきだった。

男は平民などではなかった。

そして、妻を持つ身だった。

そして、その妻の腹には、男の子供がいた。

母は騙されたことにショックを受け、男を拒絶したが、男は最愛の女を手に入れるため、己の手の内に閉じ込めたのだ。

そうして僕が生まれた。


母は父である男に心を閉ざした。

男はそんな母の関心を惹こうと必死で、妻には見向きもしなかった。

嫉妬深かった妻は、僕の存在をすると激昂し、母と僕に暗殺者をけしかけた。

母は、死ぬことこそなかったが呪いに倒れ、ほんの少しも動くことが出来ない体になった。

男は妻を激しく叱責したが、逆に妻の実家に強く責められ、結局妻を排除することは叶わず。

苦肉の策として、この離宮に僕たちを隔離した······らしい。


母は男と······父と会わせようとしなかったから、全部人づてに聞いたこと。

でも実際母は呪いに倒れ、僕たちは離宮に隔離された。


***


部屋を出てから、少年の着ていた服を置くのを忘れていることに気がついた。

ふと気になって、その場で見たこともないほどボロボロであちこち切れたり破れたりしているそれを広げてみる。


「あれっ?」


ひらり。

黄ばんだ紙が床に落ちた。

僕はそれを拾い上げる。


「······『リュンヌ』?」

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