第7話 星は瞬く

side ???


ちかり。


星が瞬く。


黒い画用紙に、子供が白いクレヨンで落書きでもしたような、そんな空だ。


歪な星のマークが所々にちりばめられ、世界はまるで海の中に沈み込んだかのようにゆらゆらと揺れていた。


その男は、そんな世界に存在していた。


見事な美貌だ。

雄々しく、凛々しく、男性的で。

たおやかで、儚げで、女性的で。

でもそのアーモンドアイの中の色は見えなかった。

ただひたすらに、色を塗りこめたかのような色。

世界を覆うように広がる髪は何色だろうか。


赤か、青か、黄か、緑か、紫か、橙か、金か、銀か、白か、黒か。

七色のように見えた。

ドブの如く濁ったそれにも見えた。


宇宙のようだった、大草原の真上でひたすらに輝く月のようだった。

孤独に天に存在する星のようであり、全てを照らし出す太陽とも思えた。

母たる大地の化身にも思えたし、全てを飲み込む海の脅威のようにも思えた。

神のようで、化け物のような。

そんな存在は、ことりと首を傾げた。


時代錯誤な服装だ。

貴族のような、侍のような、ピエロのような、サラリーマンのような、ロックミュージシャンのような、スチームパンクの世界にでもいるような、天使のような、悪魔のような。


ありとあらゆる文化をぶち込んだようなその服は、不思議と男に似合っていた。


男は白とも黄色とも、褐色ともつかない肌の色をした手に、うさぎのようなくまのような、果たして動物なのかも分からないぬいぐるみを抱えていた。

首を傾げる仕草も相まって、一瞬子供のようにも見えてしまう。


否、その男は本当に大人なのか、そもそも男であるのか。


には分からない。

理解不能、思考停止。

ただわかるのは、首を傾げながら伸ばされた手の造形すら、は美しかった。


息を止めた。

静かに揺れる世界で、僕の体が持ち上げられた。


掬われた、と気付いても、体は動かない。

死人のようにピクリとも、動かない。


だらりと放り出された腕。

頭も自重に従って落ちる。


そうして投げ出した視線の先で、僕はを見た。




否、それは僕では無い。


僕の黄色い肌ではなく、黒い瞳ではなく、黒い髪ではない。


真っ白な肌に、輝く青の瞳に、白金プラチナの長い髪。


全く似ていない、顔だって全然違う。

それなのに、という存在は僕そのものであった。


そして、そんな酷く整った面立ちの彼の表情は、まるで自我を持たぬようにごっそりと抜け落ちていた。




僕は、口を開いた。

そして、声を、出そうとした。


なんと言おうとしたのかは分からない。

なんでもいいから、なにか言おうとした。

顔が青ざめている。

怖い、のに、怖くない。

驚きが湧き上がって、叫ぼうとしたのだろうか。


でも。


結局声が出ることは無かった。




僕を持ち上げた手の主が、僕を静かに覗き込む。


全ての美という美を集めだしたかのような彼の人は、けれども僕を眩しげに見て、何かを呟いた。


けれども、その声すら水の中にいるように聞こえない。


僕はもう一度、声を発さんと口を開いた。


けれど。


こぽり、と。

音を立てて、僕の口から泡ぶくが零れ出した。

まるで、声が奪われたようだ。


その泡ぶくは、空高く立ち上り、消える。


その先で、太陽が輝いた。

夜に、太陽が昇るなんておかしいよね。


更にそう言おうとして、笑おうとして、口を開いて。


でも、やっぱり口からは泡ぶくが出るばかりだった。


僕は何をしているんだろう、ここはどこだろう。

でも、そんなこと実はどうでもいいのかもしれない。


目の前の人が、何かを囁く。

それは名前だったかもしれないし、何か意味のある単語だったかもしれないし、ただ漏れ出しただけの言葉だったのかもしれない。

僕には何も聞こえなかったし、体が動かないし声も出せないから聞きようもない。


ただ、あんまりにその人が悲しげに僕を見下ろすものだから、僕は美しいその人に、にっこりと微笑んだ。


その瞬間、驚いたように目を見開いて、けれども直ぐに嬉しそうに微笑んだ彼の人の姿は、もうよく分からない何かではなかった。




天には太陽が輝き、見渡す限りに透き通った空が広がり、そして僕を手の平に、それはそれは大切そうにそっと持ち上げたその人の瞳は───────。


て。


「僕、僕じゃなくなってる!?」


そうして馬鹿な僕は、その瞳の色を確認する前に、瞳に映る僕に気を取られて、そのまま意識を失った。

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