第5話 綺羅綺羅光る
「······」
懐かしい夢を見たな、と俺は死んだ魚のような目で頭上を見上げた。
空は真っ黒、夜だ。
顔は腫れ上がっているらしい。
何も感じなくてよかった、そうじゃなけりゃ痛みで発狂しているところだ。
夢を見ていた。
俺の人生が、何よりも輝いていた頃の夢だ。
まだ少し鈍い痛みを覚える頃で、今よりずっと幼くて、異能も目覚めていなかった。
パンを盗むのも、一日を生きるのも命懸けだったのに、目の見えない吟遊詩人のために、命をかけて走った。
しあわせな、あのころの。
ネーロは、きっと本当に俺を連れ帰ってくれるつもりだったんだろうな、そういう人間だから。
でも、路地裏の場所を間違えてしまったのかもしれない。
いくら勘が良くて、鼻が効いても、間違えることだってあるだろう。
間違えた場所で俺を待ち続けて、それで俺が養子の件を断ったと思ったのか、それとも死んだと思ったのか。
それは分からないけど、きっとそう。
まあ、そうだよな。
俺に、幸せなんて、あるはずないんだから。
体に力を入れて、持ち上げようとした。
「ゥ゙ッ······」
がくんと力が抜け、地面に叩き付けられる。
痛みがないせいで分かりにくいが、今日は結構やばいらしい。
どこかに人はいないだろうか、居ればさっさと体力やら回復能力やらを奪うんだが······いや、今の状況で人がよってきたら奪ってる最中に蹴られたり殴られたりして死ぬかも。
死体漁りだったらやせ細った子供が多いから大したものにはならないだろうし。
思考を巡らせながらも、段々と鈍くなっていく。
まずいな、本当に死ぬのかもしれない。
それはやだな、死にたくない。
······いや、でも。
死んだ方が、いいのだろうか。
だってこの世界は正しいのだ。
そのことは、他でもないネーロが教えてくれた。
世界なんてクソだ、理不尽だ、間違ってると吐き捨てた幼い俺に。
「それでもやっぱり世界は正しいんだよ、正しいから、こうやって存続しているんだよ」
意味は分からない。
理解もできない。
でもその日から、俺の自論は世界がクソである、けれども間違ってはいない、と上書きされたのは確かだ。
「······ハ······」
段々と意識が遠くなる。
諦めて、暗くなる視界をただ見つめた。
手足から力を抜き、脱力するままに垂れた頭がほんの少し上を向く。
最後に消えそうになる視界に映ったのは、いつも通りの薄暗い夜の路地裏と、ボロボロのブーツだった。
***
「大丈夫?」
「······」
何年ぶりだろう優しげな声に意識が浮上する。
薄く開いた視界に映りこんだのは、天使のように可愛らしい少女だった。
「痛くはない?治して見たんだけど······」
「······てんしさま······?」
「ぐっ······!?」
まどろむ思考、あどけない声で呼びかけたら、天使のように可愛らしい少女が急に苦しげに胸を抑えた。
「くっ、美ショタかわよ······てゆーか今気づいたけど黒髪黒目ッ······明らかにネーロ······」
「ね······ろ······!?」
意味のわからない言葉を早口で叫ばれながらも、俺の耳はたった一人の味方だった男の名前は聞き取った。
「お、お前っ、ネーロのこと、知ってるのかっ!?」
「わ、わわっ!?お、落ち着いて······病み上がりだろっ?」
そう言えばさっきまでズタボロで満身創痍だったのにすっかり綺麗に治っている。
来ている服はそこらじゅう引き裂かれているがその下は傷のひとつもない。
「······傷、ない······」
「いや······なんか陵辱系のショタみたいになっちゃってる······! 普通に事案······」
やっぱり意味のわからないことを呟いた少女は、神妙な顔をすると、俺に手を差し伸べた。
「とりあえず家においで」
「は?」
そんなことを言ってのけた少女は、青い瞳で笑っていた。
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