第2話 クソみたいな世界

走る。折れそうなほどやせ細った足で。

走る。枯れ枝のような腕を必死に動かして。

走る。少年は、とにかく走る。


「待てゴラァ!ナナシィ!!!」


路地裏で繰り広げられる鬼ごっこに目を向けていた人間は、その名を聞いた瞬間いつもの事か、と興味を無くすか、はたまた楽しげにいやらしい笑みを浮かべて見物を始めた。


ナナシ、と呼ばれた子供には、自論がある。

それは、この世がクソであること。

けれどもこの世界は、何も間違っていないこと。


この世界において、黒は忌み嫌われている。


何故ならば、太古の時代世界を滅ぼしかけた凶星、魔王が生まれ持った色であるが故に。


***


「はぁ、は、あ、······は、ふ」


乱れる息のまま走り続ける。

ボサボサの黒髪は路地裏の暗がりに紛れると見えにくくなることを俺はよく知っていた。


「ふ、ふ······」


のんだくれの酔っ払い親父が地面に転がっているのを見つけて、すれ違いざまに呟いた。


「ふ──······『略奪』」


途端、体に力がみなぎる。

それに眉を寄せて、俺は少しスピードを落とした。


「チッ、体力のない酔っ払いじゃ使い物になんねぇ······」


仕方ない、と口の中で零し、覚悟を決めて前を見据みすえる。

そして俺は、すぐそこにあった大通りに繋がる道に飛び込んだ。


「うわっ!?」

「きゃあ!」


品のいい紳士や花売り娘たちの叫び声を聴きながら、その隙間をっていく。


「待ちやがれぇ!」

「逃がすな!」


次の瞬間には背後で叫ばれる低い怒鳴り声。


「っ───『略奪』!」

「うおっ!」


ガタイがよく隙だらけの男を狙って小さく叫ぶ。

途端男は顔を青白くして地面にへたりこんだ。

追いかけてきた男はちょうど障害物になったのか足を引っ掛ける。


「ラッキー······」


幸運を喜びながら、体に張ってきた力を振り絞って、俺は路地裏へと繋がる小路に入り込んだ。

······ちょうど両隣にあった肉と魚の屋台から商品をかっさらって。


「あ!?おい待てナナシィ!!!」

「まあ!うちの商品が!!!」

「おい、あの子供黒持ちだったぞ······」

「旅人さんかい?知らんのも無理はない」

「くそっ、あのガキどこに行きやがった······」


そんな声を背後に聴きながら、俺は走った。


手に入れた食料に頬を緩めて。


***


「今日の戦果はぁ······パンが三つ、焼き魚一本、肉串が二本······上々!」


滅多めったにありつけない食べ物を路地裏の暗がりに隠れながら広げる。

そのうちのパンを一つだけ取って、残りは『略奪』して収納。

俺の認識では俺の食料ではなく誰かの店の食い物だからな。

水がないことは残念だが、それでもいい戦利品だ。


「んっ、冷めて固いけどじゅーぶん」


誰ともなしに呟いて噛みちぎっていく。

唾液で柔らかくほぐれたところを味わいつつ飲み込んでいく。


「うめぇ······もうなんか、食料だけ毎日くれればいいのにな、失敗作でいいし」


そうすれば十分なのに。


「さて······井戸は空いてるかなっと」


貧民街に住む中でも『家持ち』とされる層が使っている共同の水場である井戸は、俺が使っても見逃される······というか、おそらく使う人間が多すぎて興味を持たれていない唯一の場所。

人がいない時間を狙って行くのだが、誰か······例えば、成人男性やら血気盛んなお年頃の男なんかがいると大変めんどくさい。

さっさと行くに限る。

俺はその場で立ち上がった。


「よし───────」

「まあ待てよナナシィ」


ドスの効いた声が、背後からかかった。

固まった体に、上から押さえつけるように荒れた手のひらが置かれる。


「······ァ」

「ちょっと顔貸せよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る