御伽噺になれない僕らの話

ものくろぱんだ

ラスボス王子と最強の暗殺者

第1話 ある物語のエピローグ

「ロシェ······りゅ、ふぁ······はは······うえ······」


きっちり編み込まれていた黒髪が無惨に散らばる。

力を失い、声が掠れていくと共に、黒の髪は白金に、黒の瞳は輝きのない青に染まって行った。


吹き飛ばした英雄も、崩れ落ちた聖女も、誰も知らない。


最期の言葉を吐き出した瞬間、彼が涙を流したことを。


天井が、落ちたのは偶然だったなのかもしれない。

奇跡的に損傷を免れた体が、何も見るでもなく天を仰ぐ。

命のない輝きが見上げたのは、忌み嫌われる漆黒ではない、今から朝を迎えんとする、希望の色だった。



嗚呼、願うなら。

どうか、どうか、願わくば。


奇跡が、起こりますよう。


***


「······ユーフェミア、ここにいたのか」

「······あ、すみませんアレク······お墓を、作ってました」


見慣れた背中がこちらを振り向いて、優しい淡桃色が悲しげにこちらを見た。


「······あ、それ······」

「はい······エティエンヌと、エルクトレア王国の離宮に埋められていた骨です」


ユーフェミアの目の前には、四つの箱。

そして再び魔法鞄マジックバックから遺骨の入っているであろう箱を取り出して、そっと地面に置いた。

ユーフェミアの手は、また魔法鞄の中に入る。


「······ユーフェミアは、みんな連れてきたんだな」

「ええ······アレクにとっては、仇なんでしょうけど」


そうだ。

ユーフェミアが大切そうに地面にそっと置くのは、俺たちの仲間を、ユーフェミアの家族を、そして俺の家族を奪った、憎い敵たち。

でも、不思議なことに穏やかな気分だった。

今までひたすらに復讐のために生きていたことが不思議に思うくらいの、穏やかさ。


「······もう、許していいのか······?」


エティエンヌの城の跡地、高い崖の上にあって、海を、平原を、山を、国を、全て見渡せる。

どうしてエティエンヌが、この場所に城を建てたのかなんて分からない。

でも。


「ええ······きっと、きっと許せるはずです、今のあなたなら」


美しいと、思った。

強いと、悲しいと思った。


いつか初めて出会った時に感じたそれは、嘘じゃない。

美しかった。見かけだけじゃない、心まで。

強かった。どんなに憎い敵にだって、許しを与える。

悲しかった。ユーフェミアも同じ、全て失っているから。


でも、そんな印象をくつがえすほど。

地平線の向こうから昇った朝日を浴びて、戦いの余波を受けずに残った花と、ほんの少しの緑の中で、ボロボロの姿でありながら笑う彼女ユーフェミアは、ただの女の子に見えた。


「私も、一緒に許します。私と、一緒に許しましょう」


それはまるで、自身の子供のやらかしを許す母の如く。

気まずげな面持ちであろう俺すら優しく受け入れる包容力にそっと笑う。


「ユーフェミアはいい母になるなぁ」

「ええ······えっ、えっ!?」

「え?」


風が吹く。

いつも通りの朝日が昇る。


そして今日も、世界は平和だ。


***


神のみわざを、侮るなかれ。

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