Sideマーオ 記憶を紡いで〜魔王マーオの回顧録・起〜

 いたぶれば「マーオ!」と鳴くから、マーオはいつしかそう呼ばれるようになりました。

 いつからでしたっけ。ああ、ソウソウ。

 人間に、同族スライム迷宮ダンジョンを襲われて。逃げ伸びた先で悪いオークに捕まってからでした。

 

 そうして捕まってしまったマーオは二匹の怖いオークにこき使われていました。

 スライムはベンリ、らしいので。


「おーいどうだアニキ?傷は治ったか?」

「チッ。まだもう少しかかりそうだ」

「そうかい。しっかしスライムはみんな回復コード持ちといえど、個体差があるのは勘弁してほしいよな」

「そうだよな〜。早く交換したいところだが、スライムってのは中々すばしっこくて……オラっ!サボるな、ちゃんと仕事しろ!……ったく、本当にコイツは効きが悪くてかなわない」


 マーオ、マーオ、マーオ!叩いても、ちぎっても、効果は変わりません。

 そしてソレを教えてあげるコトは出来ません。スライムは喋れないので。

 彼らのコトバがわかるようになったのも、つい最近のコト。捕まってから3ヶ月、毎日使われていたのでだんだんわかるようになりました。


「イライラするな。早く直せっての……」

「そういえばアニキ。人間は殺したスライムのコードを増幅させて使ってるとか聞いたコトがあるぜ」

「何それ怖。じゃあ生かして使ってる分、オレたちの方が優しいよな。そうだよな?……返事しろよ!」


 このオーク達はオークの中のハナツマミ者。粗野で、乱暴で、自分勝手。集団生活の役に立たない彼らはオークの迷宮ダンジョンを追い出されてしまいました。それからは、弱い魔族の迷宮ダンジョンに潜って暴虐と強奪を繰り返していたのです。


「よし、ひとまず治ったか。じゃあ褒美をやりに行きますかっと」

「あ、オイラが先に使いたかったんだけど!」

「お前昨日使っただろうが、洗わずに放置しやがって」

「出したトコはちゃんと水で流したぜ?」

「色がちげーんだよ!水洗いだけじゃなくて、ちゃんと石で削って綺麗にしろ!」


 スライムは雑食です。イキモノであれば時間をかけて、ゆっくり溶かして何でも食べます。

 ソレが排泄物の中の目に見えないイキモノでも、どれだけ酷い味なのだとしても、生きるために食べないといけません。


「つーか最近溜まってるからって使いすぎだろお前。飽きないのか?」

「鳴き声は悪くないからなソイツ。雌の悲鳴みたいで」

「あー……でもたまには別のヤツ使おうぜ」

「例えば?」


 今日もまた、この時間がやってきました。マーオは震えることしか出来ません。だって、彼らがマーオより優れた道具イキモノを手に入れてしまえば。マーオはきっと、殺されて捨てられます。


「そうだな、近くにフェアリーの迷宮ダンジョンがある。いいんじゃないか?多分手頃な大きさだろ」

「……まあアニキがそういうなら、たまにはそうするか。楽しい狩りになりゃいいが」


 痛いのはコワクてキライ、でもイツカ終わります。『マーオ』とタクサン鳴けば、その分だけ彼らはキブンを良くして早く終わります。……アシタは来ます。

 でも死んだらその後はどうなるのでしょうか。人間にコマギレにされていた母に、マドウグで潰されていた父に、アシタはあったのでしょうか。


「んじゃ、移動するか」

「フェアリーってのは初めて見るな。どんな具合なんだ?」

「さあ?やってみればわかるだろ」


 マーオは雑に麻袋に詰められて運ばれます。前に空腹に耐えかねて袋をコッソリ齧ったら、イシキが無くなるほどグチャグチャに踏まれたので。どれだけオナカが空いていても食べないようにするのです。


 ああ、オナカが空きました。




 ――――――――――――――――――――




「――おいアニキ!ここは本当にフェアリーの迷宮ダンジョンなんだよな!?」

「ああそのはずだぜ!?」

「じゃあ何で――こんな化け物がいるんだよ!?」


 グラグラ麻袋が揺れます。中のマーオも勿論揺れます。

 外はいったいどうなっているのでしょうか。

 マーオはアシタを見れますでしょうか。


「アニキ!早くこっちへ!」

「ああすぐに――――あ」


 ずしんという地響きと。ぐちゃっと何かが潰れる音。麻袋にジワジワとエキタイが染みてきます。これは一体何でしょう?


「アニキ!アニキ……!もう駄目だ。頭が潰れちまってる!……オイラだけでも逃げるしかない!」


 怖いオークの声が遠くなっていきます。マーオは今どこにいるのでしょうか?嫌な匂いがする袋を、オソルオソルかじって外に出てみます。


 赤い水たまりの真ん中で、薄ぼんやりと青く光る白い大きな岩。あれ、岩から音が聞こえてきます。


「◻︎◻︎?◻︎◻︎◻︎◻︎?◻︎◻︎◻︎-◻︎◻︎、◻︎◻︎◻︎▫︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎?」


 何の音だろう?そう考えていると、大きな岩はマーオを地面ごと掬い上げてしまいました。

 よく見れば、この岩には手と足がついています。そして、マーオを綺麗な二つの宝石が見つめるのです。


「◻︎-……⚪︎ー……?あ、あ、スライムは確か……コレだったか?」


 マーオはビックリして、思わず『マーオ!』と声を出してしまいました。

 だって、岩がスライムの言葉を喋ったのだもの。誰だって驚きます。


「わかるか、ならよかった。吾輩はな、タローと言うのだ。今この時からお主の主人であるぞ。喜ぶがいい!」


 喜ぶ、喜ぶ?どうしよう。声を出したらいいのかしら?でも、変なタイミングで鳴いたら、きっと握り潰されてしまうわ。


「ぷるぷるしているな。怖がられているのだろうか?もしそうなら悲しいのである。とりあえず、吾輩のお家へ行くのである!そしたら、きっとお話出来るである!」


 マーオはそうして、今度は大きくて綺麗な岩のカイブツに捕まったのでした。

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