第31話 竜の恋

「……新しい魔王、か。君が改造された辺りから薄々気づいていたけど、魔王の正体はスライムだったんだね」

「気づいちゃったか、だが新たなる魔王は違うぞ。もっとこう、やばいぞ」


 第四プランで重要なこと三つ目。

 私がマーオの代わりに魔王となることだ。

 彼女の願いが家族と昔のように穏やかに暮らすことなら、もう魔王を続ける理由はない。

 魔王を続けていたのは、ひとえに改造魔族から出る特殊な魔素を追われて、それを撃退していたらそう呼ばれてしまっただけ。もう魔素がないのだから追われようがない。

 したがって彼女は魔王をやめる。そして彼女が魔王をやめるなら、当然身代わりが必要だ。


「庇うにしても、魔王が逃げる時間稼ぎにしてもだけど。もっと上手な嘘があるんじゃない?」

「庇ってない、逃げもしない。本当に今この瞬間から私が新たな魔王だ」

「本当?じゃあちゃんと、?」


 ……それは――


「私は、この世界のイキモノが活用するための道具だ。君、というか君達竜族の願いを叶えるために本来であれば協力するべきなんだろう」

「できないんだ」

「いざその時になって、身体が動かない可能性が高い。……身体うつわがそれを、許さない」


 そして私はきっと、その拒絶反応を受け入れる。それが、


「というか……おのれらの本質を知っても驚かないんだね。元々知ってたり?」

「アルコバレル学園をケンサクした時に知ってしまった。すまない」

「パンフレットには載るはずないんだけど……まあいいや。貴君が役に立たないなら、やっぱり現魔王に頑張ってもらわなきゃ」

「それは諦めて欲しい。元魔王にこれ以上魔族を改造させたくはない。私が代わりに君たちを満足させられるよう男を磨き愛を提供……したいが、ダメか?」

「無理だよね、そんなものが代わりになるワケない。だって――」


 ふうっ、とため息をついて崩れ落ちてきた岩に腰掛けるプリティヴァ。スライムで支えることでかろうじて落ちてこなかった天井も、じきに崩壊するだろう。


13。数多の戦士が、勇士が、あの国で戦っていた全てのイキモノが命を燃やし尽くす姿が。目に焼きついて離れない」

「……恋をしたんだな。実に情熱的で何よりだ」


 竜族の恋、13年前の戦争そのもの。

 正確には魔王とその軍勢に抗い死んでいったイキモノの魂の輝き。


「恋、恋か。そうだね。おのれらはどうしようもなく恋してしまったんだよ。あの日見た灯火に。また、見たいんだ。怒り、恐怖、庇護、正義。複雑な色で燃えあがり消えていく炎を」

「終わりの無い君達にとって、他のイキモノが終わりを迎える姿こそが恋しくてたまらないのか。深いな。……自分達で人類を滅ぼさない理由は?」

「え、人間は好きだもの。出来るだけ嫌われたくないでしょ?」


 なんて可愛らしい返答なんだ。女の子はこれくらい身勝手じゃないとな。


「……では、そんな大好きな人間が改造魔族との戦いで死ぬのを見守るためにアルコバレル学園を設立した、と」

「うん」

「アミュレッタ・ブラン・ルミエーラは知っているのか?君達の目的が

「さあ、アミュレッタ個人のことはあまり好きじゃないから。どうだろうね。それに知っていたところであの子はおのれらに何かする?戦わないと生き残れないのに、そのための知恵を与える存在に何か出来る?」


 人類の存続のために人間達を鍛えるのではなく、魔王軍と戦わせるための強い感情、経歴を持つお人形として。あくまで自分達の恋を成就させるために使う。


「まあそういうことだから。改造魔族には沢山人類を襲ってもらいたいんだよね。おのれらは改造魔族に丹精込めて育てた人間をあてがい、よく育った火を見るから」

「そして最期にはみんな戦死して欲しいと」

「余すコトなく燃えて欲しいからね。生き残って病気や老衰で終わるとか論外だし」

「あくまで派手な終わりを、か」


 つまり最終的には国の滅亡をお望みなのだ。

 13年前のように。


「じゃあ、おのれもそろそろ限界だから。元だか現だか未来のだか、どれでもいいけど。魔王きくんに確かに伝えたよ。おのれらの……ふふ。恋愛成就のために、ね」


 ぷわぷわ、燃え尽きる直前の線香花火のような笑い声は少しづつ小さくなっていった。彼女達にとってみれば魔王すらも恋という夢を見るためのお人形に過ぎないか。


「プリティヴァ、君――」

「フザケナイで!!!」


 マーオの叫び声が崩れかけの迷宮ダンジョンにこだまする。


「アナタ達の恋……?ソンナモノを叶えるタメに、この力を身につけたワケじゃない!ソンナモノのタメに、魔族の改造を始めたんじゃない!マーオは、アナタ達みたいな、マーオを、マーオ達を、便利なドウグとしてしか扱わないヤツのために魔王になったんじゃない!」


 彼女の身体スライムはブルブルと震えている。――怒っている。


「マーオ、地上に逃げられたのか?なら、もう意識をこちらに割く必要は」

「あるわよ!だってアナタ、そのオンナ『ヤリナオシ』で生き返らせるでしょう!?」


 何故わかった。私が女性に紳士だからか。


「安心しろ、どの竜族にも君を追わせないと約束する。君は何も考えず」

「考えられないワケない!マーオは、このオンナが魔王をドウグとして使おうとしたコトが許せないのだから!」


 そ、そうなのか。そんなに、嫌なのか。


「マーオは!そんなヤツらに2度とドウグとして使われないために!そんなヤツらがあの子達を2度とドウグとして使うことのないように!その……ために……」


 マーオの最後の言葉は聞こえない。崩れる岩の音で消されてしまった。


「すまないマーオ、なんて?聞こえなかったんだ」

「……アナタ、三つ目を話すトキに言ったわよね」

「うん?第四プランの重要事項か?」

「「その隠し事はいつかどこかで、勇気を出して打ち明けてみて欲しい」って」


 それは――全てが終わった後に、マーオが夢を叶えた後に。という話だったか。


「マーオ?」

「……マーオ。今カラダに自作が映し出されるのよね」

「そうみたいだが……」

「ジャア、ココで言うわ。マーオの中にあの子達もいるもの」


 マーオの身体スライムが虹のように輝き出す。


「――カリカリ、クリクリ、モクモクと」

「え、改造!?先生の2作目は間に合わなかったのでは!?」

「ええ、アナタを魔王スライムに改造する物語ね。間に合ってないわ。だからこれは、

 今から紡ぐ物語フィクションじゃなくて、

 マーオがこれまで紡いだ自伝ノンフィクション


 そう言って、玉虫色の少女は嘔いだした。


「高らかに謳いましょう。カラカラと紡ぎましょう。物知り顔の辞書が示す、恋の定義広義なれど。この身を生かす恋のイロは、アトにもサキにも一つだけ。『#cheat-insertコード インサート』……これを告白と致しましょう」


 ひ弱な一匹の乙女スライムの物語を。




 ――――――――――――――――――――


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る