Sideマチカ 翠き傀儡のパナケア

 パナケアの部屋は荒れていた。散乱する人形人形素材人形飲み終わった栄養剤の容器人形。

 その只中、椅子で脚を組む不機嫌そうなエルフが一人。


機密区画セキュリティエリアからアタシの人形が備品を盗んだって何の冗談?警察まで出てきて、言いがかりもはなはだしいのだけど?」

「まあまずは人形について確認しようかの。警部殿と関係あるのはそこじゃからな」


 アルコバレル学園の図書室は基本的に国民誰でも入れるようになっている。ただ、特定区画……それこそ機密区画セキュリティエリアなんかには許可証を持つ人物しか入れない。それは例えば、学生証を持つ学生とか。


「つまり、ペトロ・ポターという名のエルフ……型の人形。昨夜図書室で備品を持ち出したのがソイツなんだな?」

「そうじゃ。朝、警部殿が探っていたのが気になっての。妾達も聞き込みとやらをしてみたところ、ソイツが備品を借りていたのじゃ」

「借りる……そう。で、そのエルフがアタシの人形だって証拠は?」

能力紋コード・プリントじゃ。昨日あの区画に入ったのはソイツ一人。そして機密区画セキュリティエリアで一番新しい能力紋コード・プリントを見てみたところ、出てきたのは汝のモノであった。真っ黒じゃろう?」


 真っ黒というか、確定だなそれは。


「ちなみに『#原初操る光の雷同コード グリーン』はイキモノも操れるがの。人形だと断定したのは、受付嬢にペトロ・ポターがいなかったからじゃ」

「受付嬢?」

「うむ、パナケアのコードは自身の所有物だと認識している対象への絶対的操作権じゃからな」

「受付嬢は所有物か……」

「なによ、オーナーとして従業員を人材として重用してるわよ別にいいでしょ」


 受付嬢も雇用試験に特定のクエスト達成があるから自動的に冒険者に登録される。さっきギルドで名前と顔写真の照会をしてたのは受付嬢にグルがいないか確認してたのか。

 ……ぶっちゃけライアは金次第で何でもしそうではあるが、照会してる様子は僕も見てたからな。不正はなかっただろう。


「そして、ペトロは受付嬢ではなかったのじゃから、もう操れるモノなんて人形しかないじゃろうに」

「はぁ?何でそうなるのよ」

「汝、友達も恋人もいないんじゃから素面シラフで他に操れるヤツいないじゃろ」

「……はぁ〜〜〜!?言っていいことと悪いことがあるんですけど!?」


 ガタッと勢いよく椅子から立ち上がるパナケア。

 タマータ……そのセリフは容疑者に笑っていうことじゃないな。逆情しちゃってるぞ。


「友達や恋人が欲しくないわけじゃないんです!仕事のせいで一歩も外に出れないから出会いもクソもないのよ!」

「パナケアさん落ち着いて。つまり、えーとだから、仕事熱心で対人的余裕のないパナケアさんは日々の寂しさを埋めるため人形を一時の友達として使役している……?」

「それは趣味。ストレスで発狂しそうになったら一方的にリビドーをぶつけて許される相手なんて人形くらいなものでしょ?昨今はモラハラだのパワハラだのうるさいんだから」

「外に出るとか以前に人格に問題があるんだな……」

「うるさい!こうなったのは誰のせいだと思ってるのよ!アタシに仕事を押し付ける社会滅べ!」


 パナケアが綺麗な長い緑髪を掻きむしる。そういえばエルフはストレスで徐々に紫髪から緑髪に変わると聞いたことがある。

 ……こんな長さまで……ちょっと同情するな……


「というかアタシの人形が備品借りたからって何!?悪いことしてるわけじゃないでしょ!?」

「まあ、さっきまでは何で備品借りるだけなのにわざわざ新入生に偽装した人形つかうのか。やましい事がまあ、あるだろうなと思ってたけど」

「な……何よ」

「新入生に備品を借りさせるというのは状況証拠作りのためで、人形に備品を盗ませることが本命だとは」

「だっ、誰が!盗むって、な……何のこと!?」


 自分で一番初めに言っちゃったんだよなこの女。

 タマータは人形が持ち出したモノ――借りたものについて確認したいと言ったつもりだったけど。パナケアは「アタシの人形が備品を盗んだって何の冗談?」と言った。

 ……普通に借りたんならそういう思考にはならない。盗みましたって言ってるんだよそれは。


機密区画セキュリティエリアから何盗んだんだよ……調べればすぐわかるだろうからさっさと吐けよ……」

「何でアンタが疲れてるわけ!?ええそうよ逃げ切れるなんて思ってないわよ一縷いちるの望みをかけてスットボケただけよコノヤロウ!煮るなり焼くなり好きにして有給消化させて見なさいよバカヤロウ!」


 パナケアはヒステリックに台パンしはじめた。そういえばギルドオーナーはストレスと髪の毛が爆発すると断髪式と銘打って自分の変色した髪をせりに出す奇祭を始めるとか聞いたことがある。

 長さ的にそろそろ暴走する時期なんだろう。


「じゃあ盗んだものを確認したいから人形出してくれる?あと君がストレスフルなのはわからなくもないけど、それで初対面の人に馬乗りになって首を締めるのは……まあアイツのやらかした程度にもよるけど。ほどほどにね」

「は?何の話よ。てかペトロ見たわけ?どこにあったのよ」

「……ん?」

「やはりな。パナケア汝、機密区画セキュリティエリアで人形の操作権を奪われたんじゃな?」


 え、奪われた!?『255の命題クリティカル カウンター』が!?


「パナケアさんって本当に

 『255の命題クリティカル カウンター』?」

「ウガー!!!アタシだって信じられないわよ!

 借用書書いて、ちょちょいとくすねて、区画エリアを出ようとしたらいきなり誰かに襲われて!迎撃しようとオールコード使ったらその時にはもう操作出来なくなってたの!」

「だいたい、そんなイレギュラーでもなければ『255の命題クリティカル カウンター』である汝が犯行現場にわかりやすい証拠コード・プリントなんて残さぬものな?」

「悪かったわね!

 犯行現場にわっかりやすい証拠コード・プリント残すお粗末『255の命題クリティカル カウンター』で!!!」


 ええ……つまり、証拠が行方不明ってこと?でも、朝見たんだよな。


「結局、人形は今どこにあるのかわからないってことでいい?」

「それは……まあ、現在進行形で血眼で探してますけどぉ……まだ……」

「ああ、人形のありかなら見つけておるぞ?」

「それマ!?どこよ!てか誰が奪ったのよアタシのペトロ!」

「あー……それはのー……ん〜?」


 タマータが目をつぶって上を見る。

 竜族特有の力だ、生態とも言うべきか。……アイツの機能、とやらも生態の一つなのだろうか。女神の遣いという種族の――


「……うむ!ちょっと想定外なことになっとるみたいじゃな!」

「人形がある場所に他の竜族がいるのか?」

「そうなんじゃがのう……うーん」

「何の問題があるのよ、アタシが落とし前つけるから現場教えなさいよ現場」

「んー……まあ、まあ、向こうは向こうで楽しそ、ではなく大変でな」

「ちょっと?アタシが直々にソイツの人生幕引きしてやるってんだけど」

「いや、向こうのことは向こうで解決してくれるから我々がやることはないのじゃ。それより、こちらはこちらでまだ解決してないことがあるじゃろう?その取り調べも重要じゃ、違うかの警部殿?」


 露骨に話を逸らすじゃないかタマータ。向こうで何が起きているというんだ。まあそれはともかく、こちらでまだ解決していない問題、ね。


「何を盗んだ、は最悪人形がなくても機密区画セキュリティエリアからなくなってる物品を探せばわかるだろ。じゃあ何のために盗んだ、かな。パナケアさん話してくれる?」

「いや、ペトロの方が大事に決まってるでしょ!?あの中にあるのは――……んんん」

「やっぱり何のために盗んだかは重要そうだな。何、午後休の申請なら代わりにやっておく。たっぷり取り調べされてくれよ、オーナー?」


 こうして、窃盗の容疑で始まったパナケアの取り調べだったが。話は想定外の方向へ進んで行くこととなった。

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