第26話 魔王と家族

 落ちて落ちて、ようやく足が着いたのは深海のような濃紺の世界だった。

 周囲には石で作られた家……だったモノが広がっている。


「この廃墟は?」

「ムカシ、人間が住んでいたんじゃないかしら。マオウ達が来た時からコウだったわ」

「人間に捨てられた住居を再利用しているのか、してご家族はどちらに?」

「コッチに……あ」


 魔王が指を指した方角から、キラキラ何かが飛んでくる。


「マーオ!帰って来たのね!おかえりなさい!」

「マーオ!お友達がいるのね!おもてなししましょう!」


 10cmもないくらいの、黄色と青の小さな小さなイキモノが2つ。魔王をくるくる取り囲む。


「タダイマ。あのね、エーレ、レーメ。この人はオトモダチではないわ。マーオ達のオヒッコシを手伝ってくれる……ソウネ、ドレイよ」

「私はいつのまに引越しを手伝う奴隷になったんだ。違うぞ」

「どれいさんじゃなくて、お友達でもないのに引越しをてつだってくれるの?それってねぇレーメ?」

「それってまぁ、エーレ?こいびと、というやつではなくて?」

「「まあ大変!マーオがこいびとを連れてきたわ!おいわいしなくっちゃ!」」


 薄い半透明の羽をパタパタと揺らしながら、2つの輝きは一直線に飛んでいく。

 そこは先程魔王が指差した一番大きな建物。というか、崩れた城だった。


「彼女達も魔族か。小さいってそういう……」

「フェアリーよ。マオウの家族のこと、本当に知らなかったのね。あの子達にヘンナコトをしてみなさい?改造してしまうわよ」

「フェアリーか、うーん好みからは外れるな……というか、私は初めから女性に手を出したりはしないとも。あくまで求婚するだけだ」

「キュウコン?人間の文化じゃない。ヘンナコトよ、やめてよね」


 魔王が城に歩き始めたので私も後ろから着いていく。フェアリー、フェアリーか。うーんズキュンとこない。求婚は保留にしよう。


「時に、君の名前はマーオというのか?」

「そうね」

「魔王と名乗っているのは何故だ?」

「人間とか、他の魔族がそう呼ぶからよ。マオウはマーオでもマオウでもどっちでもいいの」

「自分の名前にあまり執着がないのか」

「そうかもしれないわ。ダイジなのは呼ぶ相手だから」


 名前に執着がないのは私も同じだが。それならば。


「マーオという名前を君に与えたのは、誰なんだい?」

「!」

「家族を大切に思っている君が、家族から貰った名前をぞんざいに扱うとは考えにくい。他の誰かから与えられたものじゃないのか?」


 マーオが足を止める。困惑……いや、これは恐怖か?表情がこわばっている。ふむ。


「言いたくないなら言わなくていい。無理に暴きたくない」

「……ソウネ、そうして欲しいわ。アト、言い忘れていたけれど」


 くるりとマーオが私に向き直して。


「あの子達に、マーオのユメを話さないでね」

「何故?伏せる理由があるのか?」

「ソレも知らないのね……オトメの秘密よ」

「それなら仕方ない。承知した、私からは言わないよ」

「よろしくね」


 いざいざ魔王の城へGOGOGO。




 ――――――――――――――――――――




 到着したぜ。

 城は半分崩れており、既に人間の住居としての役割は終えているように見受けられる。

 だが、魔族にとってはどうだろうか。水だけで生活できる(生体ケンサク済み)フェアリーと大体のイキモノを溶かして栄養に変えられるスライムが共暮らしをするだけなら充分じゃないだろうか。

 というかここはスライム魔王の中だ。自分達の暮らしやすいようカスタマイズ済みだろう。


「ということで私はどこに座ればいいんだ」

「エーレ達のお家にいらっしゃいませ、こいびとさま!こちらに座ってお水をどうぞ!こいのお話し、きかせてちょうだい!」

「レーメ達のお家にいらっしゃいませ、こいびとさま!こちらに座ってお歌をどうぞ!こいのお歌、きいてちょうだい!」

「だめよレーメ!お話しをきかせてもらうのよ!」

「いやよエーレ!お歌をきいてほしいのよ!」

「「もうっ!どうしてわかってくれないの!」」

「フタリともイツモの喧嘩はやめましょう?ソレト、この人はコイビトでもないわ」


 マーオの言葉を聞いた2人の妖精は、ぱちぱちと互いに顔を見合わせた後、私の肩にそれぞれ腰を下ろしてきた。


「おうおう、ではではお聞きしましょうか。あなたのお名前なんでしょう?」

「ナイ」

「ないない、ではではお聞きしましょうか。あなたとマーオはどんな関係?」

「対等な取引相手かな」

「ぶつぶつ、取引するんですって」

「ひそひそ、内容しりたいわよねぇ」

「……マーオの引越しを手伝う代わりに、女神のパーツを貰うことになっている」


 マーオが「えっ」という顔でこちらを見る。対等だと言ったな。あれは嘘だ。


「女神のぱあつ?はてはて、小さいの?大きいの?」

「知らないか?右足の形をしていると思う」

「みぎあし?さてさて、人間の?魔族の?」

「おそらく人間」

「「ああ!それならあれだわ!」」


 エーレとレーメはハイタッチした後、並んで城の奥へ飛んでいく。

 私の背後からは殺気が飛んでくる。


「アナタね!あのフタリを巻き込んでしまえば、マーオが何にも出来ないと思っているのかしら!」

「まさか、脅したいわけじゃない。実物を見ておきたかっただけなんだ」

「イマは渡さないわよ!?」

「もちろんわかっている。約束は守る。私は君の願いを叶える引越し道具としてここにいるのだから」

「……」


 しばらくして、フェアリーズが手に何かを持って戻ってくる。

 ……あれが。


「レーメ、こっちは重たくて掴みにくいわ!そろそろ変わってよ!」

「エーレ、こっちはかちかちして手に刺さりそう!でも、そっちよりはマシね!」

「重いだろうに、ありがとう。拝見拝見」


 2人の妖精が運んできたパーツを見る。

 ――まごうことなく、右足の付け根から切断されているそれは、。人の右足の形をしたガラス瓶の中に、大きなハート型のゼリーが沢山詰められている。その一つ一つが規則的に、同じ律動で収縮を繰り返す。

 まるで、心臓のように。

 ……気持ち悪いな。なんだか、これ以上、見たくない。


「ではではレーメ?」

「はいはいエーレ?」

「……え、ん?」

「「おきゃくさまったらおきゃくさま!あなたさまだけに、幸せをおすそわけ!たーんと両手でお受け取りくださって!」」


 パーツ、投下。わりと高さがある。

 いや、ここはスライムの中だ。落ちるのにはタイムラグが――反射的に私はパーツを掴んでしまっていた。

 その瞬間、脳に。いや、魂に電撃が走るような衝撃があった。

 私の意識はブラックアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る