第19話 デリバリー・デビル

 風呂よし、歯磨きよし、爪切りよし、頭に手を乗せて『#    コード ヌル』で痛覚消去よし、と。

 マチカと電話を切ってから早1時間。はやる胸の鼓動、手はじっとりと汗ばみ、無意識にまばたきの回数が増える。

 いったいどんな女の子が来るんだろう。ちょっと緊張してきた……いや落ち着け私。何をソワソワしているんだ私。女性の前で余裕のある振る舞いを心がけてこその女神の遣いイイオトコだろう。

 

 あと1分。ベッドにお行儀良く座り、震える手を押さえつけつつ頭の中で何度もシミュレーション。こんなシチュは後にも先にもないだろう。む、もしやこのドキドキが恋とやらで得られるトキメキ――

 などと考えていたところで、突如どろりと部屋の雰囲気が変わった。


 は南京錠がかかった扉の下の隙間から、こぼれたジュースのように入り込んできた。するすると伸ばされたアメーバのような粘体が床を這い進み、私の足にまとわりつく。

 そのまま私の下半身全てを飲み込むようにマーブル模様のは上へ上へと登りながら、さながら陶芸のように何かのカタチをかたどっていく。


「……む」


 伸びた触手は細枝のようにしなやかな腕に、私をんでいたグチャグチャ音を立てる粘液は柔らかな太ももに変わっていく。


「むむむむむ」


 にごった玉虫色の中から青白い顔が生える。ぐるりと回されたマゼンタの瞳と目が合う。


「なぜ……」

「アナタ」

 

 最終的には、私の膝にまたがる体制で裸体の少女に変貌した。

 無邪気な笑みを浮かべたは、歌うように問いかける。


「アラクネネをコロしたのはアナタね?」

「……」


 骨のように生気のない指が私の首をなぞる。さあ選択肢は明示された。ここからは一言一言がBad endマストダイへの片道切符。

 私は――


「またロリかいっっっ!!!また、ロリ、なん、かいっっっ!!!」

「ロリ?」

「いやしかしロリとはいえレディだ。いやレディだからロリとも言えるか」

「レディなロリにコロされるのはおキライ?」

「む、嫌い。ではないが」


 まったく、もう終わりか。やはり一筋縄ではいかないな。


「もーいいよ。コロしなさい」

「もーいいの?コロされてくれるのね!」


 してくれるのね、じゃないのか。まあ現段階なら会話は持った方かなっ――とと。


「アレ?コエを出さないのね。つまらないヒト!」

「どんな声を出して欲しいんだい?お兄さんに言ってみなさい」

「クスクス。それはもう、カナリアみたいにいて欲しいの!」

 

 ゴトっと音がして、視界が揺れる。脳震盪のうしんとうでも起こしたか?まあ首だけ床に落ちたのだから仕方ない。


「ならこんな夜遅くに来るのはいけないな。もっと明るいうちに来なさい。ぴいぴい泣いたらみんなに見つかってしまうだろう」

「見つかったらコロせば良いのではなくて?」

「それはよくない。夜に男女が部屋に2人きりというのは、誤解が産まれてしまうからね」

「ゴカイ?」

「誤解は怖いぞ。一度産まれてしまったら最後、なかなか殺すのに骨が折れる」

「モグモグ、どうして?」


 しらむ視界に映る鮮血。環境音にくをさきほねをくだくも相まって、絶景かな絶景かな。間違いなく歴代ワースト更新だ。


「それは、また、あした、だな」

「クスクス、アシタ?わかったわ。またアシタ」


 肉体を抱き潰くらいつくした少女は身体を溶かし、床を覆って血をすする。一滴も密会はんこう痕跡こんせきを残さない。

 なんてお行儀がよいのか。将来はさぞ良いお嫁さんになるに違いない。


「――アナタにアシタが来るならね?」


 彼女はクスクス笑いながら、ゴクリと頭蓋ずがいを飲み込んだ。

 かくして私はそのスライム。否、魔王の分体にコロされたのだった。

 

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