第16話 女神の恋

 眼前に広げられた本は女神エルミニイについての神話だった。

 この世界そのものだった無邪気で残酷な唯一神。世界やくめを捨てて、全てを恋に注いだ乙女。そうして全てを捧げた男を振られた腹いせで殺した罪人。

 実によくある痴情ちじょうもつれ話ではあるが。


、なんだこれは」

「知らないのですの?女神の遣いなのに」


 初めて知った。夢(夢?)で女神エルミニイ初会合はじめましてした時に、もちろん私は彼女についてもケンサクしたわけだが、こんな情報は出なかった。意図的に伏せられていたのだろう。

 ああやはり、違和感は気のせいではなかった。しかし私の現在の身体うつわの正体がソレか。――


「まあいい、女神に直接問いただす。それでコレがなんだと?」

「本題はこの記述ですの」


 アイソレがしなやかな手つきでページをめくる。次のページには女神が解体バラした恋について記されている。


「これは知っている。女神エルミニイがバラバラにしたのろいの話だな」

「はい。女神が自身の右目、左目、右手、左手、右足、左足、そして心臓を切り離した話ですの」

「お前その物騒な方の話は知っているのに、何で女神がそうした動機の方は知らないんだ。興味ないのか?」


 まあ興味がないのもそうだ。過程これまでのあらすじよりも、結果じかいよこくの方が重要。というのは女神の言葉だったか。元カノより未来の嫁の方が大事に決まっている。


「マチカ。神でも人間でも、自分ではない他者が考えることの全てが理解できるわけないだろう?そんなことが出来るのなら私は今頃、君にそこまでは嫌われていない」

「お前はある程度自分の発言で人をどんな気分にさせるか理解した上で、自分の言いたいことやりたいこと優先するのが問題だろうが。どう考えても」

「うるさいので喧嘩はおやめになってください。話を続けますの。ナイ様はこの7つのパーツの行方、ご存知ですの?」


 ナイ様、ナイ様?……そういえば、最初の尋問中マチカにナイと言う名前で調書を取られていたか。まあ呼び名はどうでも良いとして、女神の身体の行方か。ケンサク開始。

『ケンサク結果:OK』


「……漠然とにはなるが、わかるぞ多分。

あと私のことはナイト様と呼んでください」

「まあ本当ですの!?ありがとうございますですのナイト様!では、この7つ全て、


 やはりそうくるか。難題を与えられてしまったな。


「ちょ、ちょっと待って警視長。集めるって何?それ神話だよ?御伽話でしょ?」

「うふふ、そうね。私も御伽話だと思っていましたの。パーツ2


 なんだ、もう2人は判明しているのか。……誰だ?


「女神のパーツって……」

「彼女らは自身の肉体に女神のパーツを組み込み、現在のイキモノには行使不可能な――この世界に存在しないはずのコードを使用したのですの。……自分のコードとは別にね」

「自分のコードとは別に!?」


 原則この世界のイキモノが使用できるコードは己のものだけ。それを覆したから貴族は英雄となった。現在この世界には本来発生するはずのない現象が発生しているのだ。それこそ御伽話のように。

 

「……いやでも、それが女神のパーツって、どんな根拠で。それにその2人は誰なんです?」

「あらマチカ、鈍いのね。貴方も知っているじゃないの。13年前突如現れた常識ではありえないコードの持ち主」

「!魔王か……!?」


 そう、よりによって持ち主の1人は魔王なのである。いや、女神のパーツを得たから魔王になれたというのが正しいのか。それほどに女神のパーツは強力だ。


「もう1人は……守秘義務があるので言えませんが、彼女についてはお気になさらず。比較的協力的だと思いますの」

「協力的って……というか、警視長はそんなもの集めて何をするつもりなんです?国だって壊せる力ですよ?」

「国だって壊せる力が、所在もわからないまま野放しになっている状態を秩序が保たれていると言いますか?そうではないから女神の遣いが来たのでしょう?」


 そうなのか女神エルミニイ。一度はポイした身体せかいの問題と向き合うのか君。自分の不始末は自分でつける気になったのか。


「だとしたらとんだ嫌がらせだ。わざわざこの身体を寄越よこすなんて」

「?とにかく、この世界を正すためにナイト様は女神に遣わされて来たのですのよね?」

「まあ、君たちがそのような目的で私を使うと言うのならそうしよう」


 別に私自身には積極的に世界の秩序を乱す意志もなければ正す意思もない。ほんのちょっぴり、この身体の指針のようなものはあるかもしれないが。世界を変えるほどでもない善性だ。


「では決まりですね。明日から女神のパーツ集め、マチカ警部とペアでよろしくお願いしますの!」

「ん?待って警視長」

「わかった。7人をとりあえず君の元へ連れてくればいいのか?」

「ちょっと、王女」

「うふ。魔王を連れてこられても困りますの。パーツだけで結構ですのよ」

「アイソレ様ー」

「こうして話してよくわかった。君は実に魅力的だ。ミステリアスな女性ほど惹かれるものはない。一体、女神のパーツを集める本当の目的。君の腹底は何色なのか――」

「邪魔するなお前!!!」


 マチカが口にスラ詰めしようとしてきた。咄嗟とっさに手で、あらやだ私の手スラゼリーに固定されてる。仕方ない。


「『#    コード ヌル』」


 私の手に生まれた『何か』は全身にまとわりつくスラゼリーに触れた瞬間――四方八方に弾け飛んだ。

 その場にいた2人の全身にスラゼリーが飛びかかる。


「きゃっ何ですの!?」

「お前コード使うなよ!うわっベタベタする……!」

「すまないプリンセス。マチカに変わって謝罪――ん?」


 しゅわりと。炭酸が弾けるような音がする。はて、一体何処から?

 そう考える間もなく鋭い悲鳴が上がる。


「きゃああああ!ふ、服が溶けて……!?」

「!?!?!?やっ……おい何したんだお前!!!」


 ――Oh my god!こんな陰気臭い牢獄でファンタジーエロテンプレなんて許されるのかオイ!発光するしかないなオイ!


「アイソレ様なんて事です腹だけじゃなくて下着も黒かったんですね!私の服で隠しましょうか!脱ぎまーす!」

「マチカ!マチカー!眩しくて何も見えないのー!」

「脱ぐなー!下着を出すなー!目がチカチカする!大体なんで下着が七色に光るんだよ!?なんなんだよ、女神の遣いってのはー!?」


 現在時刻は17時半。

 ルミエーラ王国外れにある警察署内のスライム牢に少女の悲鳴と怒号と虹のような輝きが飛び交った。

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