第14話 ご都合主義万歳!

 ――勝敗は決した。


 身体を支えていた節足を全てもがれた女の身体が地に落ちる。

 ぐちゃりと落ちたところから頭が潰れ、裂けた胸から臓がぶち撒けられた。



「……マチカ」

「終わりだ……はあ」


 マチカが全て終わったという顔でこちらに近づいてきた。その表情からは複雑な感情が読み取れる。

 ――不愉快だったか。

 自分が抱える恋心を暴き立てられ、それを身勝手にも応援しているなどと言われるのは。

 ――不愉快だろうな。

 恋は誰かに暴かれるものではなく、時間をかけて自ら溶かすもの。この人に私の思いを知って欲しい、共感して欲しいという衝動があって初めて誰かに紡ぎ語られる物語だ。


 ――次から気をつけよ。うんそうしよう。


「マチ……」



 

 ――まだ、生きている。


 蜘蛛の宿主は動かないと、勝手に思い込んでいた。

 その女、先程まで身体は針に揺られるばかりで微動だにせず、外観も死体同然である。潰れて原型の残らない異形の頭に蝋のような肌、裂けて中身が溢れた紅い胸。

 8本の節足に支えられなければ大地に立てぬ傀儡かいらいだとばかり――――

 潰れた女がその腕で、裂けた胸から銀のナイフを取り出すまでは。

 

 

「――――え?」


 マチカが振り返る間もなく、女は仰向けのまま4本の手足で地を這い、狂った速さでマチカに近づき――





 「――――『Ctrl+A#飛び去り来たるは太陽の器オールコード オリーブ』!」



 吹きすさぶ風と共に――――ナイフが握られた女の腕が飛ぶ。



「ナっさん!!!」

「――ああ、助かった。『#    コード ヌル』!」



 ――女の身体を光が包む。



「         」



 女に言葉はなく。

 ――ただ全てを許すような白に包まれて。


 ――夢のように消えていった。 


「――さようなら。蜘蛛のお嬢さん。君がもう2度と私の友人達を傷つけませんように――」



 ――――決まった。今のはカッコよかっただろう。この場に美女がいないことだけが残念だ。



「――最高のタイミングだった。ありがとうファクト……先輩」

「言ったろ?君の先輩として頼りになるとこ見せるってさ!そんなことよりナっさん足!血が出てる!」

「ああ、痛みは消したから安心しろ。心配は――うん?」


 倒れ込んでいる私の身体を抱え上げたのは、小さな猫耳警部。お姫様抱っこ……だと。


「現在時刻は15時半過ぎか。今から全速力でギルドに行って、クエストを受けるぞ」

「ギルドに行く必要はないだろう。蜘蛛は倒した。だから」

「やっぱりお前、試験に合格する気さらさらなかったんだな」

「まあ優先順位は低い」


 マチカは手にぐっと力を込め、息を吸う。


「……すぅ。僕は!1年で女神特別捜査班の警部に上り詰めたエリート中のエリート!マチカ・ショートフォードだ!!!どんな絶望的な状況だろうと手段を選ばずベストを尽くす!諦めてたまるか!!!」

「どうしたどうした。そんな熱血キャラじゃなかっただろうに。疲れているのか?」

。あと3時間も無いけど、僕に試験をクリアさせてみろよ。出来ないとは言わせないぞ」


 マチカは私の顔を見て複雑な感情を込めた瞳のまま、そう言った。

 ――そうくるか。やっぱり謝罪が足りていなかったらしい。仕方あるまい。

 左手の甲を見る。獲得出来た貢献値はヨモギ餅のクエストで獲得した「10」のみ。

 ふむ。では――――


「手段は選ばないんだな?よしわかった。私にもどうなるかはわからないが、私なりにベストを尽くそう。『起死回生の一手』を文脈に乗せて、『Ctrl+A#オールコード   ヌル』」

「えっ、ナっさんオールコード使えるじゃん。えっ、何さっきは気遣って俺がオールコード使うとこ見ててくれたの?えっナっさん。ちょナっさん」


 ファクトが私に詰め寄ろうとしたその瞬間。けたたましいアラーム音が鳴り響く。音の出所は彼が腰にかけていた電子端末。すぐさま端末を開いたファクトが、あっと声をあげる。

 そこに記されていたのは、以下の内容であった。




 ――――――――――――――――――――




 -緊急クエスト/ミネル山のゴブリン退治-


 依頼内容:ミネル山のゴブリン退治

 募集人数:-

 レベル:B

 貢献値:120


 依頼者:ミネル山管理人

 依頼者コメント:

 あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

 「俺はいつものように山を登っていたと

 思ったらいつのまにかゴブリンが降ってきた」

 な……何を言っているのかわからねーと思うが 

 おれも何が起こったのかわからなかった……

 頭がどうにかなりそうだった……催眠能力コードだとか超スピード能力コードだとか

 そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……


 タ ス ケ テ

 


 ――――――――――――――――――――




「マチカ、ミネル山というのは」

「うん……ここ。正確にはあともうちょっと上の方だ」



 ―― 手段なんて選んでらんねぇ!ご都合主義に頭がくらくらしそうだぜ!

 無言でマチカと顔を見合わせ、互いに頷く。



「うわーこんな美味しいクエスト昨今ではなかなかないぞ!?ねえナっさん達、俺と一緒に――もういない!?はっや!!ちょっ俺が見つけた情報なんだけどーーー!!!」


 我々が向かうはミネル山の上、ご都合主義で出現スポーンした哀れなゴブリンたちの元。君たちに恨みはないが、私は戦わなくてはならないのだ――恋のために!




 ――――――――――――――――――――

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