第13話 戦闘アラクネネ

 ――思っていたより大きいな。


 マチカを追って入った山の真っ直ぐな山道、ギリギリ視認できるほど遠くに――はいた。

 仰向けの女の胸を突き破り生えた4対の巨大な節足。人の肋骨を束ね研いだように鋭いその足は宿主の女を揺さぶりながら地を這っている。

 モビールのように揺れる女の顔に人の面影はとうに無い。

 顔面全体にギラギラと真っ黒なビー玉の様な目が8つ埋め込まれていて――そのような異様な姿は、前世にあった神話の異形蜘蛛を想起させる。

 あれが、改造魔族アラクネネ――

 あまりにも不気味でグロテスク。流石にギリギリ守備範囲外かもしれない。


「蜘蛛の足元にいるなマチカ。何をしているんだマチカ。……仕方あるまい」


 そんな時間はないのはわかってはいるが、実はちょっと使って見たかったんだよね選択能力オールコード

 やり方は先程ファクトが見せてくれたのとマチカの修行風景を見て覚えた、はず。自分の能力コードに『真っ直ぐ飛ぶ男』っと。文脈を乗せて……よし。


「『Ctrl+A   オールコード ヌル』!」

 

 どうだ、上手くいっいいいいいい!?

 瞬間、身体がその場で上下に小刻みに振動する。


 そして


 飛んだ


 ――臀部でんぶから。


「尻が速度を生み出してるな、これは」


 臀部でんぶが加速する。

 見えない力で見えない方向に引っ張られていく。尻が勝手に動く、尻にベクトルが発生している。うん、どうやって止まろうか。


 私は凄まじいスピードでマチカと怪物の方に臀部でんぶから突っ込もうとしている。

 そしてこの体制じゃマチカの方なんか見えるわけもなく、最悪マチカにぶつかってしまうだろう。


 もう一回選択能力オールコード使っとくか?


「Ctrl+A――」




 刹那、尻に走る衝撃!

 ――私は何かに衝突した。

 臀部でんぶに発生していた力は消え、そのまま真下でしゃがんでいたマチカに抱き留められた。


 マチカに目立った外傷は見当たらない。

 私を見てきょとんとした顔をしている。


「……ぶ、じ……か、マチカ。

 ……良かった」

「な、何……おま――」



 ――背後でカタカタという音がする。


 瞬く間に張り詰めた空気が辺りを包む。


 私はマチカと共に立ち上がり、音のした方を向く。



 ――3mはあるかという異形の蜘蛛。

 8本の節足が軋み絡み不愉快な音を立てる。

 私が衝突したのは蜘蛛の顔らしい、目がいくつか潰れ真っ赤な体液が流れ出ている。


 ――女の首がコキャリと音を立てて回る。

 一瞬の間、蜘蛛がその場で大きく跳躍する。

 ――束ねられた鋭利な8本の足が、巨大な槍の如く落ちてくる――



「お前!何ぼうっとしてるんだ!くるぞ!」

「消そう」

「はあ!?」

「『#    コード ヌル』」


 手を頭上にかざして。


 接触、蜘蛛の爪先がてのひらの「何か」に当たる。

 

 瞬間、その凶器のような足が1本、元々存在なんてしていなかったように消えうせた。


「お前、やっぱそれ――」

「『#    コード ヌル』……2本目」


 勢いのまま落ち、地面に突き刺さった白の針を掴む。2本目の足が糸束を解くように消えていく。


「……」


 続けて掴もうとした足は私の能力コードが発動する前に掌からすり抜け、遠くに飛び退く。

 

 走って近寄り――って


「マチカ、危ないぞ!」

「うるさい!僕はお前に指図されるほど弱くない!『Ctrl+A#革命指爪化かすは鬼人オールコード チョコレート』!」


 大きく背後に飛び退いた蜘蛛を追うようにマチカが足先に茶色のオーラを纏いながら駆ける。


 彼女を襲うは器用に1対の節足を支柱にし立ち上がった化物の、4本針から繰り出される乱れ突き。


 彼女は躍るように針の雨を潜り抜け、蜘蛛の身体を支える支柱代わりの左足を蹴り砕いた。


 ――だが、彼女の頭上に蜘蛛の左半身から伸びた最後の刃が降り下ろされる――


Ctrl+A#愛と眠れ知恵の王よ白き君よオールコード チョコレート


 振り下ろされた蜘蛛の針は空を切り、地面に突き刺さった。

 全身にオーラを纏ったマチカの身体は一瞬で無防備になっていた右半身の元へ――


「――っ!?」



 マチカの身体がその場で止まる。

 マチカの足には――無数の糸。


「         」


 怪物に言葉はなく。

 マチカを踏みつぶすようなその刃を――



「マチカ、聞いてくれ」



 私がてのひらで弾いた。白の針はグニャグニャと不規則に歪みながら朽ちていく。

 これで4本目。


「……なんだよ!?」

「言いたいことがある」

「このタイミングでか!?」

「そうだな、このタイミングになってしまって申し訳ないが――」


 蜘蛛がその場から飛び離れる。


 ――ふむ。私は避けられているようだ。

 懐に入り込み一撃で殴り飛ばしたかったが。警戒されてしまっている。

 まあ尻で攻撃するやつは流石に怪物も避けたいか。


「ひとまずマチカ、聞いてくれマチカ。私が近づくと逃げられる。警戒されてしまった」

「じゃあその場でじっとして囮にでもなっとけ!くそっ僕のオールコードを封じるとか……」

「お願いがあるんだが」

「嫌なんだけど?」

「私を蜘蛛まで運んで欲しい。アレが逃げる間も無いスピードで」

「嫌って言ったよね?」

「手が当たれば勝てるんだよ〜お願い〜」


 現時点でわかっていることは、この能力コードの弱点は対象に接触しないと弱いこと。

 また、選択能力オールコードはまだ完全に制御できていないため、使い勝手が悪すぎる。

 ならばこの時点での最適解は、確実に私を敵に人に頼むことだろう。


「第一何でそんなことを僕が!」

「あいつを逃すわけにはいかないだろう。ここで倒さなくては村の人達を救えない。だが私1人では難しい。君の助けが必要だ」

「……」


 マチカは顔を逸らし、呟く。


「……どうして、お前もそういう目を。お前は……お前は僕に何をさせたい?何を伝えようとしている?」


 マチカが今にも泣きそうな苦々しい顔でこちらを見て言った。

 ――私が今彼女に伝えたいこと。


「謝罪する。無遠慮に君の心を暴いた。君が短い命を燃やして本気で恋をしていることを知ったのに、知った上で君を傷つけた。……すまなかった」

「お前……知った上で、無理だと突き放して、無神経なこと言ったって、こんなタイミングで僕に謝って!なんなんだよ!もう、自分自身で叶えられない夢を持つのはやめろとでもハッキリ言えばいいだろ!?」

「違う。君の夢を叶えるのは君自身だ」

「どうやって!?」

「君が私を利用すればいい。さっきは言えなかったが、今の私には君の思い人を救う為の機能が欠けているんだ。私は、女神の遣いは、

「――――」

「私は君の恋を応援する。だから、君自身の想いで彼女を救うために。私を完全な道具にしてくれ、マチカ」


 マチカは目を見開き私を見る。その瞳の奥で動くのは怒りか困惑か。

 しかし、本心からの言葉は彼女に伝わったと見る。


 蜘蛛の方を向き直す。

 蜘蛛はこちらの様子を、首を180度回転させながら伺っている。


 ――やはり私を警戒している。

 近づいてくる気配がしない。


 残りの節足は右が3本、左が1本。

 ――マチカに協力して貰えないならまた選択能力オールコードを使うしかない。


 お尻が真っ直ぐ飛ぶように、標準をいい感じに合わせて――


「――ふぉう!?」

「うるさい!運べと言ったのはお前だ!後悔するなよ手荒に行くぞ!」


 マチカ……!

 私はマチカに担ぎ上げられる。ちょうど、蜘蛛の方にお尻が向く感じで。


「「Ctrl+A#革命指爪化かすは鬼人オールコード チョコレート」!行くぞ、女神の遣いの力を見せてみろ!」

「よろしくお願いしま……す?」

「締まらない!」


 マチカが駆ける。私のお尻は風を受けながら蜘蛛に接近して行く――!



「        」



 身体が揺られる、マチカの脇腹のすぐ横を白い刃が掠める。

 この状態で蜘蛛の攻撃を避けているのかマチカ。凄いぞマチカ。

 よーし。女神の遣いの力を見せようじゃないか。


「マチカ。ちなみにカッコよく決めた方がいいのかマチカ。初めての共同作業だぞマチカ」

「キモいキモいさっさとしろ!こっちは集中してる!」

「そうか、なら――装填するは「空」、放つは絶壊!『#    コード ヌル』!」


 掠める針を掴んだ。一瞬でバラバラとブロックのように細かくなって崩れ落ちていく。


「はい、もう1本!『#    コード ヌル』!」


 ――迫りくる針は全て砕いた。


 これで残るは蜘蛛の身体を支える2本の支柱だけ。マチカが向かって右の節足に接近する――

 もうあいつに攻撃は出来ないはずだが――


 「――――――!」


 マチカに揺られて一瞬見えた僅かな蜘蛛の挙動。

 左の節足は深く地面に刺さり、右は――

 マチカは気付いているのか――マチカが危ない。


「マチ――――」


 蜘蛛が動く、この一撃で終わらせんとばかりの速さで。


 左の節足に重心全てを乗せバランスをとり、右の節足を、宿主の身体内臓をぐちゃぐちゃにしながらマチカの顔に――







 当たる、鮮血が飛び散った。


「――――な」

「――――――――……つっっっ!」



 白の針が貫いたのは――――――

 咄嗟にマチカ・ショートフォードを庇うように上がった、私の右の太腿。


「お前……!」


 痛い、痛い痛い痛い痛い。涙が出る。

 庇うために無理な動きをしたせいで今にもマチカから落ちそうで、針が余計に肉に食い込んでいく。中身を掻き回す激痛が襲う。

 早く「#    コード ヌル」で痛みを消してしまいたい。


 それでも、耐える。

 ――私はまだ、戦える。



「『#    コード ヌル』」


 太腿に刺さった針に指先が触れる。

 一瞬で蒸発したような音と共に消える足。

 残るは―――


「――悪いな、落とすぞ。……自分の治療自分でできるよな、お前」

「……ああ、マチカ。―――君に、任せた」


 私はその場に落とされた。


 マチカは駆ける、1本足の案山子に。

 8本あった針は、もはやその身体を支える機能1本しか残していない。


「「Ctrl+A#ねえディドル弦鳴らし呼んで私をオールコード チョコレート」……!!!」


 マチカの指先に――爪に、オーラが集まる。


 彼女はまるでギターをかき鳴らすように。


 最後の針を切り刻んだ。

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