Sideマチカ 記憶を覗いて〜恋する1ヶ月は煌めきと共に〜

「というわけでマチカ!約束通り出会って1ヶ月記念パーティーなのです!」


 何で診察室でお祝いするのさ。僕とは違ってカイは今日でもうここには来なくなるからお祝いではないだろ。


「まあまあマチカ、せっかく未来の王様?がお祝いしてくれるんだから、そんな顔せずもっと素直にさぁ」

「勝手にケーキ食べ始めてる奴には言われたくないんだよ――先生?」


 僕の担当医、コラトル・アーネトン。

 無機物に興奮する変態。だから42歳なのに今まで1度も彼女が出来たことないダメにんげん

 検診期間が終わっても結局、定期健診でお世話になるからいつでも会えるやつ。

 ――いつでも会えなくなるカイとは違って。


「いやー、これ美味しいんだよマチカ。甘くて」

「見ればわかるよこんなコッテコテの3段ケーキ!お前甘いもの好きだもんな!」

「――コラトル先生。本日まで長きに渡りお世話になりました。ありがとうございます」

「いやー長きって言ったって1ヵ月だけどね?そんなのねー、このじゃじゃ馬のお世話期間に比べたら短くて短くて、むしろもっと手綱を握っていて欲しいくら――へぶぅ!?」

「気にしないでカイ。何でもないから」

「マチカ?コラトル先生の鳩尾にキックしてはだめよ?」


 先生はいつも適当なことばかり言うんだ。

 まったく、毎日検診のたびにいつカイに変なこと吹き込むか、ずっとヒヤヒヤしていた。

 でも、これからはその心配も無くなる。

 ――だって、もうカイと毎日会うことは出来ないんだから。


「ところでなのだけど……マチカ、あのね?」

「何?」


 カイが布で隠していた何かを取り出す。


「じゃーん!プレゼント!」

「……プレゼント?なんで?」

「だってお祝いじゃない!」


 カイの手には、花束。

 そして紙の包み。


「……開けていい?」

「はい!どうぞ」


 紙の包みを開ける。入っていたのは一冊の小説と――4つ葉のクローバーのしおり


「……これ」

「ふふ、それは私の大好きな小説と、その前2人で見つけたクローバーのしおりよ!なんと自作、しかも自信作なの!私は上手く出来たと思うのだけど!」

「……うん」


 この小説はタイトルだけ知ってた。

 たしか、砂糖にメープルシロップをかけてサイダーに溶かしたみたいに甘ったるい恋愛小説だって聞いてる。……こういうのが好きなんだ、カイ。

 そしてこのしおりは――ただクローバーを挟んであるだけじゃなくて、達筆な字で様々な愛の言葉が書かれている。

 ふとしおりを裏返して、そこに書かれていた文字を読んだ。


 「親愛なるマチカへ、私と出会ってくれてありがとう。いついかなる時でも貴方の良き友であれますように。

               カイ」


 その文字を読み終わった時に、僕の中の何かが決壊した。


「マッ、マチカ!?どうしたの!?なんで泣くの!?」

「……っ、ぐすっ……」


 

 そういう実感がこみ上げてきて、やっと初めて、僕の中で彼女がどれだけ大きな存在になっていたか気がついた。

 胸がギュッと締め付けられる。実習が終わった彼女が病院に来る理由はない。

 毎日毎日家の前で待ち伏せされて、僕の検診のたびに側でうろちょろして、無理矢理手を引っ張っられて病院内を歩き回った日々が濁流だくりゅうのように蘇る。

 ……嫌だ。また明日も今日みたいに。マチカって、名前を呼んでくれなきゃ。

 

「……カイっ」

「どうしましたか!?マチカ!?」

「……」


 ――僕に会いに来て、という言葉を飲み込んだ。

 彼女は、これからこの病院でやってたみたいに別の場所で実習があるんだ。

 彼女は本気で王様になるつもりなんだ。僕みたいなのにずっと構ってくれる人じゃないんだ。

 痛いくらい実感した。彼女が愛する生命は同じくらい彼女を愛していて、みんなが彼女を待っている。――あの瀕死の獣族がそうだったみたいに。

 だから、僕が彼女を求めて縛るなんて、絶対にやっちゃいけないことなんだ。

 ――氾濫はんらんしそうになる感情を、全力で抑え込む。


「……なんでもない」

「え……?でも……」


「いやー!良かったねえマチカ!そしたらマチカも何かお返ししないとね!ほらマチカお得意のポエムとかどう?この引き出しの中に5冊くらい書き留めてあるし」

「あっ!?」

「カイちゃんも見る?マチカはポエムを書くのが上手なんですよ。僕は読んでると身体がむず痒くなるけど……」

「まあ!是非見せてください!マチカの紡ぐポエムはそれはそれは素敵なんでしょうね!」

「ばっ……!?やめろぉ!?本当にやめ、やめてください先生!馬鹿っっっ!」


 そうして楽しいパーティーの時間はあっという間に過ぎた。カイと過ごす最後の検診期間。

 彼女は「お2人共また何処かで必ずお会いしましょうね!――それでは、さようなら!」

 彼女はそう言葉を残し、朝焼けに消える星のように去ってしまった。――忙しい君に、何者でもない僕がそんなこと出来るわけないじゃないか。

 僕は診察室で思いっきり泣いた。


 泣き疲れて、落ち着いて。

 夕暮れ、パーティーの後片付けが終わったコラトル先生の診察室にて。


「いやー恋の痛みを知ったね?マチカ?」


 先生が楽しそうに笑う。思わず反射的に先生が座っている椅子を蹴った。


「暴力はんたーい!愛しのあの子に嫌われるぞー!」

「つっ……なんだ恋の痛みって、馬鹿じゃないのか、お前はいつも見当違いなことを言う」

「いーやそれも恋だ。この世界は多種多様な恋に溢れているからね、マチカのそれはそんな恋の一種さ」

「じゃあお前の右腕に付けてる機械ソレもそうなの?あ、ストップ。説明しなくていい長いし早口でキモいからやめろ」

「しゅん……」


 ――恋ね。ネージュに貰った小説をぱらぱらとめくる。……この小説の恋は、こんなに苦しいのだろうか。

 甘いのに苦しいって、そんなのがあるのか。


「メランコリってるね、マチカ」

「変な造語を作るな。馬鹿になる」

「……あのねマチカ、今だから言えるんだけど。彼女に君のことを気にかけるようにお願いしたのは僕なんだ」

「知ってる」

「えっ」

「カイに出会って1週間目で聞いた」

「えっ」


 本当におせっかい。何がマチカは人見知りだから沢山話しかけてあげて欲しいな、だ。僕を見下して。


「あはは……ごめんよマチカ怒らないでくれ、悪意はないんだ。僕は彼女とマチカに仲良くなって欲しかっただけなんだよ」

「仲良く……人間と?本当身勝手だよね、仕組まれたようでムカつくんだけど」

「ごめんって。でもカイちゃんは素敵な人だったろ?何ごとにも全力で。見ているこっちもつられて笑っちゃうくらい、いつも楽しそうで」

「まあ、振り回される方は疲れるんだけどね。……楽しかったかも、しれない」


 楽しかった、間違いなく。ずっとこの時間が続けばいいのにとすら思った。

 ――続けたいと、心から思った。

 ――僕が、彼女にまた毎日会えるようになるにはどうしたらいい?


「……ねえ先生」

「なんだいマチカ」

「僕は強くなれると思う?」

「なれるよマチカなら、どうして?」


 この男、あっさりと肯定した。


「なっ……また冗談か!?からかうな!僕は本気で――」

「本気だよ、マチカなら必ずなれる。

 というか、なりたいんでしょ?彼女の隣で胸を張れる自分に」


 ――な。


「そっ、そんなことは」

「なりたい自分になる。その欲求はイキモノが生きる上で決して失うことない衝動なのさ。

 現代に置いて自己実現とは幼子のように絶えず成長し肥大し続ける正しく貪欲な営みだ。転び方はさておきね」

「……」

「マチカ、君は彼女の隣に追いつき並べるイキモノになりたいんだろ?なれるさ、君が本気でなろうと動けばね」


 ――そんなにわかりやすかったか僕は。

 ……そんなつもりはなかったぞ。


「やー!若いって良いことだ!目まぐるしいくらいに恋できるからな!」

「だから恋ってなんだよ恋って」

「マチカがこの先出会う全てのことさ」

「なんだお前この先って?未来予知の能力コードなんてないんだよ、先生なのに知らないの?」

「わからないぞー?僕は天才だからな、マチカみたいな恋煩いの患者の未来くらいなら予知できちゃうさ」

「恋わずら!?」

「マチカ、君は必ずその命を燃やして世界の数多に恋をする。輝き煌めく出会いが、今か今かと君を待ち続けているんだ。君は自由だ。そんな自由な君に、恋多き世界へ飛び立つちえを与えるのが僕たちの義務つぐないなんだ」

「それ僕のポエム!?なんで覚えてんのキモ!?」

「……まあ!色々言ったがどうするかはマチカ次第だ!うーんかなり無責任なこと言ったな僕!いやー詫びに責任とらされちゃう!?」


 本当にキモいな。

 ……でも。


 僕はなれるのだろうか。カイに並べるイキモノに。カイの隣で……胸を張って歩ける友達に。

 ……なりたい、なりたいよ。その可能性があるなら……全力で努力したい。


「……わかった。いい加減な言葉の責任をとってもらう。先生、僕に付き合って。先生の言う通り僕は胸を張ってカイの隣に並べる自分になりたいんだ。教えてお願いします。強くなる方法を」

「うん、付き合うよマチカ。強くなるには様々な困難、障害を乗り越える必要がある。苦しいことも沢山あるだろうけど……それでもいいかい?」


 返答は言うまでもなく。とまあ、色々あったもののそれから毎日僕は人間がするような高度な勉強や、コードの鍛錬をした。

 努力しても結果が出なくて苦しい時が沢山あった。思った通りにコードが使えなくてやめたくなる時も沢山あった。

 でも星に手を伸ばすことを諦めるなんて出来なかった。だってこんなにも命を焦がす熱い感情を知ってしまった。

 彼女の隣で胸を張れる自分になりたい。胸を張って、僕は彼女の友達なんだと言える自分でありたい。

 ――そしたら彼女にその柔らかな声で、名前を呼んで欲しい。



 僕はカイ・マザーグースに……恋をしたんだ。




 そんなコトを続けていたある日のことだった。なんの前触れも、予兆も、心構えの猶予ゆうよもなく。




 意識不明のカイ・マザーグースが病院に運び込まれたのは。




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