Sideマチカ 記憶を覗いて〜輝くような1ヶ月は愛と共に〜

 産まれてから3ヶ月で物心がついて。自分達が人間とは違うということを、5ヶ月かけて沢山勉強させられた。

 あっという間に過ぎる日々の中で僕が1番初めに悔しいという感情を覚えたのは、僕ら獣族は人間がいなくちゃ生きていけないということに対してだ。

 

 僕たち獣族は純血混血問わず、産まれてから9ヶ月はかつて貴族の研究施設があったルミエーラ王国の1区画病院で延命治療を受ける。


 皮肉だね、殺すために作ったものを死なないように手を尽くす。滑稽だなぁ人間って。

 初めて歴史の教科書を読んだ時、そう思った。


 母さんや父さんは、人間にいつも感謝しているって言っていた。

 挙句に僕たちは人間の税金で死ぬまで生きていけるのに、人間と手を取り一緒に社会で働くことを望んでいた。

 小さな僕は、2人はどうしてそう思うんだろうと理由を知りたかった。

 だから僕は毎日誰よりも本を読んだ。

 そして知った。


 そもそも僕たち獣族は人間がいないと生きていけないこと、人間に懐くように作られているということを。

 だから僕の周りにいた獣族たちは、みんな人間のことが好きだと言っていたんだ。

 だから僕だって人間の先生や看護師さん達を嫌いにはなれなかったんだ。

 そうして、検査と投薬と勉強の日々の中で、僕は次第に人間に燻った感情を抱くようになった。

 人間は、自分達がいないと生きられない僕らを可哀想な愛玩あいがん動物だと思っているって。


 母さんにこの話をした時、「そんなことはないわ、人間は本当に優しい人が多いのよ」と言った。

 父さんにこの話をした時、「自分にもそう思う時期があったかも。でもマチカも大人になったら、そんなことないってわかるよ」と言った。

 ――悔しい。僕らに1人で生きる力があれば、人間に可哀想だなんて思われなくて済むのに。

 僕らは人間に尻尾を振るだけの生物じゃなくなるのに。

 僕たちをそんな風に作った人間って――


 そう考えるようになってからは、人間と話すたびに、こいつは笑いながら内心僕たちを可哀想だと思っているんだ。

 可哀想なものに手を差し伸べる自分に酔って気持ち良くなろうとしているんだと考えるようになった。

 

 だから7ヶ月目のある日から、病院に行くことも億劫になって家に引きこもるようになってしまった。

 先生が家までわざわざご丁寧に診察に来ても、絶対に部屋から出なかった。


 8ヶ月目になった次の日、母さんに怒られて無理矢理病院に行くことになった日。


 僕は、彼女に出会ったんだ。


「こんにちは、愛しい人民よ。

 私はカイ・マザーグース、ルミエーラ王国の王になる女です」


 深い藍色の髪で、銀色の綺麗な目で、まるで王族のような礼服を着ていて、まるで――絵本の王子様がそのまま出てきたみたい。

 ――でも、こいつも人間なんだ。


「……うるさいなあ、僕急いでるからバイバイ」

「あら?私も目的地がそちらなのです!せっかくですから共に参りましょうよ!」


 正直面倒くさいなあと思った。

 だって病院サボるつもりだったから、

 適当に周りをウロウロしていたんだ。


「貴方のお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「聞いたところで僕の名前なんかすぐ忘れるからいいだろ」

「忘れませんよ!記憶力には自信があります!愛しい人民の名前はもうだいぶ頭に入っているはず、です!」

「本当にうるさいな君。マチカ・ショートフォード、これでいい?」

「ありがとう!マチカ、マチカと呼ばせていただきます。ところでマチカはどちらにご用事ですか?」


 ……病院は面倒くさいけど、こいつに絡まれる方がもっと面倒かも。


「病院だよ、君は用無いで」

「本当ですか!?私も病院にご用があるのです!ふふ、ここで私とマチカが出会うのは運命だったのかもしれませんね!」


 ……何で?何の用なの?

 その後も歩きながらずっと話しかけて来る自称王様(になる予定の不審者)を適当にあしらいながら僕は病院に向かった。




「……つまり、この人は今日から1ヶ月病院で実習するってこと?」

「ええ!マチカは検診期間なのですか。ということはこれから毎日お会いできますね!嬉しいです!」


 まあ今日は来ちゃったけど、明日からはまた引きこもって行かないつもりだし。僕には関係ないや。


「と、お話しているうちに到着いたしましたね。私は院長様にご挨拶しにいきます、また明日お会いしましょうね!マチカ!」

「……さよなら」


 久々にあった先生は検診をサボり続けたことを全く怒らなかった。来るのが辛いなら僕が行くからね、とも。

 ……そうやって人間は笑って、本当は迷惑しているくせに見下しているくせに。いいんだ、明日からは今度こそ行かない。

 もう先生にも、彼女なんかにも会わないんだから――




「――何で?」

「マチカ!病院に行きましょう!先生が待っておりますよ!」


 次の日の朝、僕の家の玄関にカイ・マザーグースがいた。慌てて母さんが部屋に入って来て何事かと思ったら。玄関に僕の友達がいる、僕を呼んでいるときた。何で。


「何で僕の家にお前が来るんだ!」

「昨日偶然マチカの担当医の方にお会いしまして!そうしましたら『あの子はお嬢さんが家まで迎えに行ってあげた方がいいかも、なんてね』とご助言をいただきました!ですので早速マチカのお家の場所を聞き、こうして参った次第です!」

「だからって本当に来るか!あの先生はすぐ冗談言うの!じゃなくて……!」


 僕の後ろから何をしたんだと言わんばかりの母さんの視線が痛い、朝ご飯食べてる時も病院行きなさいって言われたばっかりだし。

 わざわざ病院へ僕を誘いに人間が来るとか、予想外すぎる。

 そんなことされたらあんまりにも検診に来ない僕に病院が最終手段を使ったと思われるだろ――!?


「……ああもう!わかったわかった!行くから家に来るな!もう絶対来るな!いいな!?」

「ふふ、では1ヶ月。明日からは病院でお会いできますね!ひとまず本日はこのまま行きましょう!準備、できてます?」


 ああ、もう。荷物を乱暴にバックに詰めて家を出る。すぐさま後ろからニコニコと変な人間がついてくる。


「……はあ、1ヶ月、1ヶ月ね……あれ?そしたら僕の検診期間も終わるな。どちらにしろ病院に行かなくてよくなる……」

「そうなのですか?では、無事マチカの検診期間と私の実習が終わりましたらお祝いしましょう!私たちの出会って1ヶ月記念も兼ねまして!」

「なんだ出会って1ヶ月記念って」


 寿命が短い僕たちを馬鹿にしているのか?

 やっぱり人間だな。……だいぶ変な人間だけど。




 それからは毎日お祭りなんじゃないかってくらい、色んなことがあった。

 まず2週間過ごして分かった。こいつ自由すぎる。

 家に来るなって言ったのに結局毎日家の前で待ち伏せするわ実習だからと僕の検診を見学するわ実習にお付き合いください!と僕を病院中引き摺り回してやりたい放題やるわで無茶苦茶なんだ。

 しかもどんどん周りの人間や獣族に声をかけまくって見境なく自分のペースに巻き込む。

 おかげで僕は病院の外でも声をかけられるくらい病院内で有名になってしまった。

 ……変人女の友達として。




「僕ってお前と友達になってたの……?いつのまに……?もう毎日色々ありすぎて覚えてない……」

「あら、私はずっとマチカを友達だと思っているけど!」

「……」


 外でベンチに並んで座りながら思う。何なんだこいつは。

 3週間経った今ではこのカイという少女に振り回されることに慣れてきていた。

 凄い疲れる。疲れるんだけど――


「……まあ、お前の友達をするのは、疲れるしうんざりすることもあるんだけど――別に嫌じゃない。……うん、なんかお前は僕たちを見下すとかそれ以前に――」

「マチカ!マチカ見て見てねえねえ!」

「だー!そういう落ち着く暇すら与えないところに疲れるしうんざりするんだよ!今度は何!?」

「4つ葉のクローバー!私初めて見たわ!」


 地面に座り込んだ彼女の手には1つの小さな4つ葉のクローバーが握られていた。

 

「……僕も初めて見た」

「マチカ知っている?4つ葉のクローバーの葉はそれぞれ、希望、信仰、愛情、幸運を表しているそうよ」

「花言葉は復讐だけどね」

「そうなの!?マチカは博識なのね!それは知らなかったわ!なぜなのかしら?」

「……えーと」


 知らない。……全く悪意なく純粋な疑問で聞いてるのがわかるから答えられないのが申し訳ない。


「わからない。そういうお前はその葉っぱ言葉の意味わかるのか?」

「ぜんっぜん知らないわ!」

「知らないんじゃん……」

「でもね、素敵だと思うの。心から。生に希望を抱き友を信じ世界を愛することができる毎日の幸運を象るこの葉が。

 私、大好きなの。だから、誰もがそんな日々を謳歌できる世界を実現できる人間になりたいと強く思うの――」

「……」


 ――やっぱりそうなんだ。人間も獣族も、彼女には関係ないんだ。

 カイ・マザーグースはこの国に生きとし生けるもの全てを信じ愛している。


 病院で出会った全ての人に彼女はただの一度も微笑みを絶やさなかった。

 ……もう動くことが出来ない危篤の獣族の病室に行った時も、その手を握り笑顔で語りかけていた。

 その獣族は相槌を打つことも手を握り返すこともできないから、彼女がずっとずっと無音の病室で語りかけるだけ。

 彼女は凄く楽しそうに今日の天気とか、ご飯が美味しかったとかどうとか、病院で何があったとか、その獣族に延々と語りかけ続けた。

 そうして1日が終わって、

「また来ます!次も楽しいお話を用意してきますね!」

 彼女がそう言って部屋から出る時、僕は見た。

 ベッドで横になっているその獣族が、少しだけ目を細め口角を上げて涙を流しているのを。


 その光景を目にした時、認めたくなかった。でも、本当はわかっていた。


 ――ああ、なんて美しい生命愛。


 彼女はこの世界に生きる命の全てを等しく愛することができるのか。


 ――僕には、そんなこと。




「――だから私、ルミエーラ王国の王になるの!」

「だから」

「優しい魔族を勝手に改造してしまう魔王を懲らしめれば、多分そんな世界になるわ!」

「懲らしめる」


 ――はあ。


「……あははっ」

「えっ何マチカ!?」

「あはははははっ!もう、凄い!凄いよもう。なんか涙出てきた……」

「えっ食あたり!?確か昼食は……キノコ炒め?……ワライタケ?」

「病院食に毒キノコが出るわけないだろ」


 ――凄い、凄いよ君は。

 人間が獣族を可哀想だと思ってるとか、見下しているとか、そんなことで自意識過剰になって燻っていた自分があまりにもちっぽけだったことを痛感した。

 ……小さいなぁ僕。世界には、自分ではない誰かの為に本気で笑い、戦おうとする生命がいるんだ。

 ……かっこいいなあ。


「……僕もなれるかな」

「マチカも王様志望なの!?本当に!?……ライバルが増える!?」

「違うし。というか王様って……ルミエーラは王女が治めてる国だし、世襲せしゅう制だし、どうするのさ?」

「それはね――あら、マチカそろそろ検診の時間!コラトル先生が待ってます。行きましょう!」


 ……もうそんな時間なんだ。時間が過ぎるのは早い、本当に。


「ふふ、私。マチカといると楽しくて、時間があっという間に過ぎるように感じるわ」

「……カイ、そういうの……」

「! マチカが、マチカが!やっと私を名前で呼んでくれました!やりましたわー!」


 カイが僕に抱きついてくる。や、柔らかい、色々と。

 一緒にいて思ったけど、カイはかなり整った顔立ちをしていてあまり近いと緊張してしまう。そして彼女は距離が近い、誰にでも基本近い。しかも話しているとたまに凄いかっこいい顔でかっこいいことを言う。

 ……ズルいと思う、なんだかドキドキしてしまう。そんなはずは……


 そのまま、流されるように病院に戻る。

 そして1ヶ月は光のように過ぎ去った。

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